玉川大学発ベンチャー
株式会社ハイファジェネシス |
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株式会社ハイファジェネシス(HGI社)は玉川大学発の最初のベンチャー企業で学術研究所菌学応用研究施設の研究成果を世の中に出してわが国のバイオ産業に貢献するとともに菌学研究のメッカとしての玉川大学の名前を広めようという目的のために2005年8月に設立されました。その背景には次の3つのキーワードがあります。1)ゲノム科学に代表される生物学の時代としての21世紀、2)生物多様性条約のインパクト、そして3)微生物学基礎分野の必要性です。
およそ120年前、明治時代のわが国に近代産業を興すべく政府留学生としてグラスゴーに渡った高峰譲吉は西欧のまねでない独自のバイオ産業を指向し、また特許制度の重要性を認識していました。アメリカ人と結婚し日本を離れたかれは日本酒、みそ、醤油の醸造に用いる伝統的なコウジカビ(アスペルギルス・オリゼー)の糖化能力(アミラーゼ活性)に注目して、世界初の微生物由来の酵素の特許を取り、消化剤タカジアスターゼの開発を行いました。ついで上中啓三の協力を得てアドレナリンの単離結晶化に成功し夢の新薬を世に出しました。かれはこの2つの大成功をもとにして三共株式会社を始め少なくとも5つの(今で言う)ベンチャー企業を起業し、かつ私設大使として、雲行きが怪しくなりつつあった日米間の関係改善に努めました。ニューヨークに日本人クラブを設立したりワシントン市ポトマック河畔に桜の木を寄贈したりして文化交流を図ったのです。いまでは高峰譲吉のことをアメリカのバイオテクノロジーの父と呼ぶアメリカ人もいます。またわが国政府に働きかけて国民的化学研究所を設立しました。それが理化学研究所の前身です。
現代のわが国を見てみますとゲノム科学が興隆しアメリカに追従するかのような高速多量のモノと莫大な予算を使ったバイオの研究がもてはやされており、わが国のお家芸であった応用微生物学が大学の研究が下火になりつつあります。現在も将来も科学立国として進むことがわが国に求められている以上、大学において基礎的な微生物学教育を行い、他にまねのできない研究成果を生む下地を作る必要があります。
一方1993年に発効した生物多様性条約(CBD)によって他国の生物資源へのアクセスが自由にはできなくなりました。ゲノム科学の興隆とCBD、その他の理由で微生物資源をもとにした創薬(医薬品研究開発)を断念する企業が増えてきました。そこでわが国では経済産業省(METI)や財団法人バイオインダストリー協会(JBA)が中心になってインドネシア、ベトナム、ミャンマーの生物資源へのアクセスの道筋ができつつあります。この道筋を利用してわが国の産業界へ貢献することも意義があります。興味深いことにアメリカはCBDを批准していません。
アメリカでは大手のバイオ企業、とくに巨大製薬企業は、すべてのことを自社でまかなうのではなく、必要な技術、素材、情報を他社から補う経済構造ができあがっています。これに呼応して数々のバイオテク企業、ベンチャー会社が立ち上がって、それぞれが実に特徴ある技術や成果をもとにして社会に貢献しています。いわば産業界の中で見事な棲み分けを演じています。このスキームはこれからのわが国でも見習う必要があります。
このような状況下で、HGI社が設立されました。HGI社の概要はボックス内の説明通りです。HGI社は次のユニークな特徴を持っています。1)過去5年間の研究成果としてユニークな菌類ライブラリーを保有しています。2)東京家政大学との連携により抗ガン剤や免疫抑制剤をめざすユニークなアッセイ系(生物検定方法)を確立しています。3)微生物の酵素を利用した環境に優しい化学合成プロセスの改良などの技術を保有しています。4)METIやJBAの生物資源アクセスのルート作りに貢献してきた菌学応用研究施設の東南アジアとの人脈を利用して現地と共同研究契約を結ぼうとしています。これらのユニークな特長を生かして、わが国のみならず海外のバイオ産業へサービスを提供するとともに、独自のアッセイ系をもとにして創薬に貢献できれば、HGI社は大成功を収めることができます。投資家向けにはこのように話を進めていますが、私自身はHGI社の成功はもっと別のところにあると考えています。
先に述べたとおりわが国の大学教育において微生物学の基礎、とくに分類学を教えるところが皆無になりつつあります。現代の分子分類学ではDNA分析キットを使って遺伝子の塩基配列を解析するとその微生物を同定することができるようになってきました。しかしその分析を行う人が微生物自身のことを知らずに遺伝子の解析を行うととんでもない誤りを犯す危険もあります。やはり微生物の形や機能をしっかり理解した上で遺伝子を扱えるようになる必要があります。これを基礎にして産業につながる応用研究を行っていれば多くの若者の興味を持つはずです。現実にベトナムやミャンマーからは菌学応用研究施設に留学したいという修士課程の学生やポスドクがいます。せっかく玉川大学の中にこのような施設があるならば、できればわが国の学生に来てもらいたいものです。そこでHGI社の成功によって多くの学生を引きつけたいというのが私のねらいです。ハイファジェネシスのハイファとは菌糸という意味です。菌類の菌糸のように徐々に四方にテリトリーを拡大しネットワークを作る。そのようでありたいと願っています。