名越の切り通し

当時の東海道は京都と鎌倉を結ぶ大切な道路でしたが、さらに北へ行くためには三浦半島から船で対岸の千葉に渡るルートが一般的でした。名越の切り通し(なごえのきりとおし)はその重要な街道への出入り口でした。鎌倉を取り囲む山は切り立っているために切り通しを通る以外に出入りすることができません。中でも名越切り通しは逗子側が切り立っているために大変にけわしい切り通しとなっています。

人なら二人がやっと、馬なら一頭しか通れないような道です。幕府は鎌倉を守るためにこうした切り通しに関所を設けて怪しい人物や軍隊の侵入を防いだのです。

名越切り通しにいったら、ぜひ大切岸から逗子側を眺めてみてください。切り通しの役割がよく分かります。

参考 化粧坂切り通し