第9回
ニュージーランドで考える
海野 博
昨年(2006年)8月末、ニュージーランドを訪ねた。南島のクライストチャーチを経て、北島の大都市オークランド(人口125万人)に数日滞在した。
南半球に位置するので、この時期は冬から春に季節が移る時節であるが、日中の晴れているときには背広なしで充分散策できる。
自然豊かな農業国、観光国として知られているので、観光旅行かと思われるかも知れないが、残念ながらそうではなく、資料収集の旅だった。
私の専門は、「経営学」と「人的資源管理」であるが、ニュージーランドに関しても、日本ニュージーランド学会編『ニュージーランド入門』(慶応義塾大学出版会刊)に「労働市場の自由化と雇用契約法」という短文を書いており、この国には特に興味を持っている。
ニュージーランドの現在の総人口は約400万人、人口の規模では静岡県に近い小さな国である。
この国は、かつては人々に理想の楽園として語られたこともあった。1873年には世界で初めて全国一律の8時間労働制(女子)が制定され、1894年には世界で初めて労使間の強制的仲裁制度と最低賃金制度が導入された。
第2次大戦後もしばらくは、イギリス連邦特恵制度のもとで豊かな生活水準と先進的な福祉国家、安定した労使関係で知られたが、農産物や羊毛など第1次産品中心の経済は1973年の石油ショックを境として悪化してくる。しかも大半の輸出先であったイギリスが同年、欧州の地域統合であるECに加盟し、ニュージーランドの特権は喪失する。
こうした危機的状況が長年にわたり改善されないなか、1984年に国民党に代わって政権の座についた労働党は、行き詰まった経済と財政を立て直すために、労働分野を聖域として、それ以外のすべての分野の規制撤廃と行財政改革を断行していく(後には労働分野も)。
この政策は、国民党政権時代の政策の大転換であり、当時の大蔵大臣の名前からロジャーノミックスと呼ばれた。
こうしてインフレ抑制と財政均衡の実現を目指すとともに個別の産業分野に市場原理・競争原理を取り入れていく改革が、1984年からスタートする。
今回私が見てきたかったのは、「郵政事業の実情」であった。

図1
ニュージーランドでは、1987年に、図1のように、郵政事業が3つに「分割民営化」された。
02年5月のテレビニュースで、小泉純一郎前首相が首都ウェリントンのニュージーランド首相公邸わきにある民間会社の青いポストに手を当て、「民間の方が立派じゃないか」と郵便事業の規制緩和による民間参入を褒め称えたのを覚えているだろうか。
その時にはどのマスコミも指摘していなかったが、毎日新聞によると「実はポストを設置した会社は前の年に国内郵便事業から撤退していた」(06年6月13日付)という。

写真1
写真1は、オークランド市内のポスト(筆者撮影)であるが、真ん中の赤いポストが、ニュージーランドポスト社のポスト、左の青いポストがDX Mail社のポストである。
赤いポストのニュージーランドポスト社のシェアは圧倒的に強く、約9割。しかも、国が全株を持つ国有企業のままで、実態は「民営化」されているとはいえず、他方で、地方の郵便局には閉鎖されたところが多い。
ポストバンク(貯金事業)は、「分割民営化」の2年後1989年に、早くも外資(オーストラリア・ニュージーランド銀行、ANZ)に買収され、他の民間銀行も多くが外資に買収された。結果として、地方の銀行支店閉鎖が相次き、住民の不便さと不満がきわまることになる。
政府は、結局、約40億円(7820万NZドル)の税金を投入し、ニュージーランドポスト社の子会社として、02年に郵貯銀行「kiwiキウイ銀行」を設立、郵便局のなかにキウイ銀行の窓口を設置することになった。

写真2
写真2は、オークランド市内の郵便局であるが、緑色の看板に「kiwi bank」とあるのが見えるだろうか。テレビ朝日の報道ステーションでは、「郵便局+国営銀行=民営化前の郵便局」と紹介された。
「分割民営化」によって郵政事業の赤字は解消できたというが、これでは何のための民営化だったのだろうか。結局、ニュージーランドの民営化は「失敗」の烙印が押されることになるが、このことは日本のマスコミに大きく取り上げられることはない。日本の郵便局の将来が心配されるところである。
それにしてもニュージーランドの面白いところは、世界に先駆けて新しいことに挑戦することだろうか。

写真3
なお、最後に 写真3を紹介しておきたい。これは、オークランド市内で見かけた「$3Japan(3ドルショップ)」である。売られている商品はすべてダイソーの100円商品であるが、店員の話では、ダイソーの直営ではなくダイソーから仕入れて販売しているという。1点3NZドル(税込み)は、日本円で約250円である。旅をしていると思いもかけない店を発見するものである。
参考文献
1.海野博「労働市場の自由化と雇用契約法」 『ニュージーランド入門』(日本ニュージーランド学会編、慶応義塾大学出版会、1998年)
2.「縦並び社会:第4部・海外の現場から」『毎日新聞』2006年6月13日付。
3.報道ステーション、テレビ朝日、2005年7月6日放送。

