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英語をめぐる長い旅(By Satomi Kuroshima)

March 13, 2018 : Essays

Santa Monica、 CA

私はアメリカに9年間留学していました。最初の2年はイリノイ州、次の7年はカリフォルニア州で、いずれも大学院で学ぶためでした。9年という月日はみなさんも感じられるように相当な時間の長さです。この期間に大変多くのことを学びました。学問を究めるという意味での学びの他にも、日々の生活をアメリカという外国で送る中で気づいたこともいくつもあります。そのうちの一つが、こと対面でのコミュニケーションにおいては、母語話者のような英語を話す必要はない、という気づきでした。これについて少しお話します。

そのように実感するまでには何年か要しました。元々留学したいと思ったのも、高校の英語教員になろうと思っていたからで、留学を終えて帰国するときには、母語話者並みに完璧な発音を習得し、流暢な英語を話している自分を想像していました。1年、2年留学生活を送るうちに、語彙や使える表現は飛躍的に増え、発音も以前よりは改善出来ました。にもかかわらず、自分の英語力は母語話者には程遠いと、少なくとも自分で感じられる程度でしかなかったのです。幸い、英語教授法(TESL)という、英語を教えるための指導法を最初の2年間は勉強していたので、自分がどのようにすればよいかは分かっていました。しかし知識はあってもそれを実践できるかは別の問題です。特に細かい子音の発音の仕方、摩擦音(/v/や/θ/)や破裂音(/t/や/d͡ʒ/)などは自然な発話で使うのには大変苦労しました。

同時に、英語のイントネーションの指導法についても学びました。これは自分自身の英語学習に大変役に立ちました。日本でそれまでに受けていた英語教育では、自分が思い出せる限りにおいてですが、英語のイントネーションについて学習する機会はほとんど皆無でした(せいぜい、アメリカ英語ではYes/No疑問文が上昇音調で終わるというものぐらいです)。ですから、これについて学べたのは本当に良かった。なぜなら、日本語のシステムとは全く違うし、イントネーションに気を配るだけで、かなり自分の発話の仕方が改善されたからです。経験則ですが、細かい発音が完璧でなくても、イントネーションやリズムによってコミュニケーションは滞りがなくなります。英語では、イントネーションによって区切られた、音のまとまりごとに言いたいことを組み立てます。だからその区切りを発話内容に合わせて相手に分かるようにつけないと、逆に言いたいことが汲み取ってもらいにくくなる。そんな自明に思えることも、知っていると知らないとでは大違いでしょう。

さて、このように、話す上で習得、改善できることはいくらでもありました。でもやはり発音は母語話者とはいえないし、語彙や表現も、彼らが普段使っているレベルではない気がする……そうしたある種の壁を感じつつ、留学生活をさらに続けていくうち、ふと周りの留学生も自分と同様に発音が完璧ではないことに気づきました。著名な教授であってもそうです。でもコミュニケーション上は問題ない。そうした気づきを得ることで、だんだんと自分の英語に対する考え方も変わってきました。

将来、英語を使う職業に就きたいと思っている人は、母語話者のような英語を話せなければいけない、話すべきだという考えに縛られていませんか。それはまさに呪縛かもしれません。もちろん、コミュニケーションを妨げるような話し方や発音で仕事をするのは難しいでしょう。しかし、だからといって「完璧な英語」を身につけなければならないということではない。むしろ重要なのは、「母語話者のように」ではなく、自分らしさを持って話すことでしょう。本学のELFプログラムではそのことを実感していただけると思います。

今回は、英語を話すことについて少しだけ考えを述べました。英語は言語ですから、書いたり読んだり、聞いて理解したりすることも重要です。それらについては、また別の機会にでもお話したいと思います。