本プロジェクトの中心課題の一つは記憶・学習のメカニズムを明らかにすることであり、その基本的な分子機構は動物界で広く保存されており、ヒトとショウジョウバエでも同様と考えられています。ここでは、ショウジョウバエよりもはるかに高度な学習能力をもち、社会生活を営むミツバチを対象とし、連合学習能力の発達の様相を、加齢と発育環境の面から解析するとともに、発達に伴う脳構造の変化を観察しました。さらに今後の解析の飛躍的発展のために、固定した材料での視覚系連合学習の実験系を新たに開発しました。
1加齢に伴う連合学習能力の発達
学習能力アッセイ系として、無条件刺激(報酬=ショ糖)に対する吻進展反射を利用した嗅覚連合学習系を採用し、結果の安定性に重要なミツバチの空腹度を人為的に一定レベルに調節する方法を工夫することで、これまで70%程度までしか上がらなかった学習率を、ほぼ90%レベルにまで改善しました。訓練手順としては、空腹度を調節した特定日齢の蜂の触角に、メントンの匂い(条件刺激)を2秒間暴露し、直後に1.5モルのショ糖水2・1(無条件刺激)を触角に触れさせ報酬を知覚させます。蜂は反射的に口吻を伸ばし、ショ糖水を飲もうとします。連合学習が成立したか否かは、この吻伸展の有無により評価しました。この方法により、加齢に伴う嗅覚学習の達成率(4回訓練による1時間後の中期記憶)は羽化後4日程度で50%に、同9日で90%に達することを示すとともに、社会的な状態から隔離し、単独で育てることにより、この発達時期が有意に遅れることを明らかにしました(図1、Ichikawa and Sasaki、2003)。
隔離された個体は、餌としてショ糖水だけを与えられたので、貧栄養が学習能力低下の原因である可能性も考えられましたが、巣内に設けた2重の網室内で、巣内の匂いや音などには暴露されますが、餌はショ糖水だけという実験区を設定することで、栄養条件が学習能力獲得に影響したのではないことを確認しました。
2社会刺激による連合学習能力の発達と脳構造の変化
3視覚刺激による連合学習実験系の開発
より複雑な学習課題を用いた解析に向け、固定状態の蜂での視覚連合学習系の開発にも取り組みました。これについては世界中の多くの研究者が取り組んできたにもかかわらず、これまで不可能とされてきました。それを触角からの入力情報を断つなどの条件を工夫し、解析に使えるまでにしました(Hori et al. 2006)。この系を用いて視覚学習能力を解析した結果、興味深いことに視覚学習の発達時期が嗅覚のそれより遅いことが判明しました(Ando et al. In preparation)。モダリティを異にする2種の系が使えることで、今後、蜂にディスプレイを見せながらの、より高度な学習条件の解析や、連合が行われる脳内構造の究明などに大きく資するものと期待されます。