オニヤンマとギンヤンマ (八月)

 オニヤンマとギンヤンマは子供の頃どちらも憧れの的だった。なかでもオニヤンマは、大きさからいっても飛びかたの力強さからいっても日本のトンボの王者の風格がある。夏休みになると決まってこのトンボが現れ、狭い路地を地面すれすれに飛んでくる。行く手に網を構えている子供がいようがいまいが、そんなことには無頓着に、まるで見えない線路でもあるかのように一直線に飛んでくる。タイミングを計って思いきり網をふってもなんの手ごたえもない。振り返るとくだんのトンボが悠々と飛び去っていく。しかしある所まで行くとくるりと一八〇度向きを変え、またまっしぐらにこちらに向かって飛んでくる。このトンボ返りを何度か繰り返すうちに網に入ることもある。その手ごたえは子供にとっては強烈なものがある。鬼のような牙を持った強靭な顎に咬まれないように注意深く胸を押さえて網から取り出すと、胸じゅうの筋肉を震わせてブルブルと羽ばたく。おっかなびっくりで持っていようものなら、その羽ばたきでトンボは子供の手から逃れてしまう。そうはさせじといっそう力を込めて挟んでいる指を脚で蹴ったり、頭を回転させてかみつこうとしたりなにしろ手ごわい相手である。緑色の底光りする大きな複眼を覗くと、たくさんの黒い小さな眼がこちらを睨んでいる。長いしっぽ(正確には腹部なのだが)は漆黒の中に黄色い帯が等間隔で並び獰猛なトラを連想させる。黒と黄色のだんだら模様は危険信号をアピールしているのだろうか。このトンボが網に入ったとき感じるあの興奮は、祖先から伝えられた狩猟本能のようにも思える。

bug08.gif 美しいオニヤンマも死んでしまうと眼は褐色に変色し、しっぽの黄色い帯も黒ずんで、その大きさだけでやっとオニヤンマと判別できるだけになる。昨年四月から毎週高尾山で蛾の採集をすることになった仲間の一人にそのことを話すと、私が変色しないオニヤンマの標本を作ってさしあげましょうと言ってくれた。その作り方を蛾が来るのを待っている間に少しずつ聞き出すと、瞬間冷凍乾燥をするのだということがわかった。なるほどドライフラワーを作るのと同じ手法なのだ。きれいな花も押し花にして徐々に乾燥させると色あせてしまうものが多い。以前友人とやった絵と蝶の展覧会に来て下さったお客さんから、原色押し花という技術もあることを耳にはさんだが、その技術はまだ聞かないままになっている。

 ギンヤンマはオニヤンマ程は大きくはないが、かっこよさの点ではオニヤンマをしのいでいる。オニヤンマと違って大きな池の上や広い野原など開けた場所を好む。そして子供の手の届かない比較的高所を悠々と飛ぶ。いつかまちがえて降りてくる瞬間がないものかと下から首を直角に折り曲げて見上げている子供をあざ笑うかのように、ほとんど羽ばたきもせず行きつ戻りつ旋回する。長いあみを思いきり振っても、飛翔の名人であるギンヤンマにとってはそれをかわすことぐらい朝飯前なのである。しかしその自信過剰が身の破滅を招くこともある。執念深い子供が予測不可能な程網をジグザグに振り回すとたまたま入ってしまうことがある。そうやって採らえたギンヤンマをしげしげと見ると、複眼は青っぽく輝き、しっぽはチョコレート色で、オスでは胴体の黄緑色とのつなぎ目に涼しいブルーが配されている。オスはギン、メスはチャンと別々の名をもらっている。

 採るのがなかなか難しいギンヤンマを上手に採る方法が昔から伝えられていることを何かの本で読んだ。それによると二十〜三十センチの長さの糸の両端に小さな石を結び付け、それを飛んでくるトンボの手前に投げ上げる。するとトンボは小石を追いかけ、糸に触れてその糸が体にからみつき、小石とともに落ちてくるというのである。僕もそれを一度試してみようと、小石付きの糸をいつも庭の木の枝にぶら下げてあるのだが、これまでに一度もそのチャンスに出会っていない。

 玉川学園には、クロスジギンヤンマが住んでおり、三年程前学生と奈良池を散歩したときオスが一頭採れた。クロスジギンヤンマはしっぽのチョコレート色の中に瑠璃色の斑点をちりばめており、ギンヤンマより一段と美しい。今度出会ったらクロスジギンヤンマにこの方法を試してみたいと思っている。



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