ミツバチの病気と対策
ミツバチにもさまざまな病気があります.特に家畜伝染病として監視対象となっている病気に関しては見逃すことはできません.また集団で飼う一般的な養蜂スタイルでは,近隣の蜂群への伝播も避けられません.残念ながら,製薬メーカーにとって市場規模が小さい日本では,ミツバチの病気の予防に使用できる動物医薬品として登録された製剤が少なく,化学的な予防・治療には限界があります.そのため,いかに病気にしないか,あるいは病徴を確認したら,できるだけ早く病群を隔離,処分するなどの手段を講じなければなりません.またダニを除く多くの病気の感染源は巣板といわれています.巣板の更新も含めた日常の管理計画も必要となります.


病気の種類と個別の対策


腐蛆病(アメリカ腐蛆病)
病原 アメリカ腐蛆病菌 Paenibacillus larvae
法的位置づけ 法定家畜伝染病指定(1955)
国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
概要 芽胞形成菌による蜂児の感染症.1〜2齢幼虫で感染し,発症は前蛹以降(蓋掛けされてから死亡).
症状・診断

蜂児が死亡すると蜂児蓋が張りを失って凹み,働き蜂がその後小孔をあけます.このような状態の蜂児はマッチの軸などを差し込むと,粘りの強い糸を引きます(左図,ヨーロッパ腐蛆病では糸は引かない).最終的には蓋は取り除かれ,硬化した死体が巣房の下面に残ります(右図:中央二つの巣房).これをスケールといいますが,巣板を上方からのぞき込むようにしてみると,見つけやすいので,空巣板になったときに時々点検するとよいでしょう.また,感染して蜂児が死に始めると異臭が漂うので,巣箱を空けたときに強い刺激臭を感じた場合には,発症を疑うことになります.

対策 予防対策としては,登録動物医薬品である「みつばち用アピテン(ミロサマイシン製剤)」の投与が有効です.早春期に与え,投与(7日間)終了後,14日間の休薬期間を設けます.また,必ず掃除蜜を採り,さらに巣礎を入れることで,投薬中に生じた貯蜜を完全に取り除き,万が一の抗生物質残留の防止もできます.生産期が終わり,越冬用の建勢を進める時期に投与しても効果があります.
注意事項 発症を確認したら:法定伝染病であり,発症した場合は家畜保健衛生所に届け出て焼却・埋却所分にします.人への感染は心配ありませんが,芽胞形成菌のため蜂場の土壌や巣板に残存し,将来の再発の可能性が極めて高いので,注意が必要です.抗生物質の投与による予防も,投与中のみの効果であり,蜂群から芽胞を取り除いたことにはなりませんので,その点は理解しておいて下さい.

腐蛆病(ヨーロッパ腐蛆病)
病原 ヨーロッパ腐蛆病菌 Melissococcus plutonius
法的位置づけ 法定家畜伝染病指定(1955)
国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
概要 蜂児の細菌感染症.アメリカ腐蛆病よりも発症,死亡時期が早く,一般には蓋をされる前に死んでいるのが見つかります.芽胞形成菌ではありませんが,再発性が高いといわれています.
症状・診断 蜂児は溶けた状態に見えますが,糸は引きません.蓋をしていない幼虫の死亡が目立つのが特徴です.ただ,一般的な生理死(換気不足や餓死)などでも同じような見かけになるので,診断には注意が必要です(生理的な死の場合はより小さな幼虫も蛹も死んでいることが多いです).
対策 予防対策としては「みつばち用アピテン」がありますが,アメリカ腐蛆病への効果に較べると限定的といわれています.
注意事項  

チョーク病
病原

ハチノスカビ Ascospharera apis

法的位置づけ 届出家畜伝染病指定(1999)
概要

日本ではよく発生が知られています.幼虫期に体内に入ったカビの胞子が蛹の時期に全体に菌糸を伸ばして,白いチョーク状の塊となるのでこの名称があります.発症には低温への暴露が必要で,30度以下の温度に長時間蜂児をさらすと,発症率が高まることが知られています.

一般的に一過性で自然治癒しやすい病気ですが,蜂場の環境や,巣箱状態が悪いなど,飼育上の問題が原因で,発症を抑えられず,長期化させてしまうこともあります.

症状・診断

巣門付近にこの白いチョーク(時間がたつと黒くなる)が散乱し始めたら,感染が広がっていると考えます.落ちている数と発症の程度は比例しています.感染が長引いて,巣箱の底や巣板上に除去されていないものが増えたら,自然治癒は難しくなります.

対策 使用できる動物医薬品は現在登録されているものがありません.蜂児巣板を冷やさないことが予防としては重要です.移動時用の換気口を開けたままで飼育したり,内検時に巣板を巣箱外に長時間置いてしまうと,発症リスクが高まります.

一般的に自然治癒しますが,感染がひどい場合は,蜂児を一時的にない状態にして(女王を隔離して産卵を停止させる),巣内での感染を絶ちます.
注意事項 草刈りなどをして蜂場自体の風通しを改善し,水はけもよくして,湿気の多い空気がよどみにくくすることも予防の観点からは重要です.


ノゼマ病

病原 ミツバチ微胞子虫Nosema apis
法的位置づけ 国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
届出家畜伝染病指定(1999)
概要 成虫の腸管内で微胞子虫が増えることによって発症します.
症状・診断 主な症状は成虫による下痢で,巣箱の表面が糞で汚れることが診断のサインとなります.このような蜂群からとりだした働き蜂は,腸管の弾力や透明感がなくなり,もろくなっています.腸管の顕微観察で原虫が見られれば,ノゼマ病と診断します.
対策 日本では使用できる薬剤がありません.
注意事項 特に越冬期の餌に気をつける必要があります.

バロア病
病原

ミツバチヘギイタダニVarroa destructor

法的位置づけ 国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
届出家畜伝染病指定(1999)
概要

外部寄生性の吸血ダニによる感染症です.防除が必要な病気の一つで,原因となるミツバチヘギイタダニは,吸血による羽化不全(写真右のような翅伸不良を代表的な症状=縮れ翅),吸血孔からの細菌の感染による敗血症,ウイルスの媒介などを通じて,蜂群に大きな影響を与えます.このダニは,春期には雄蜂の蜂児で繁殖するため,ダニが発生していても蜂群への影響は限定的で気づきにくいことが多いです.ところが,夏になると,雄の生産が停止するため,大量のダニが一気に働き蜂の蜂児に寄生するようになり,多くの場合,重寄生となって寄生された働き蜂が羽化できないため,蜂群の壊滅など重大な被害につながります(夏の大発生).

症状・診断

体表に成ダニを付着させた働き蜂が目につくようになるのが第一段階です.この時期には雄の蜂児を取り出すと多くの場合ダニが寄生しています.羽化不全の働き蜂が時折巣板上に見られるのが第2段階で,この段階で薬剤による防除が必要です.巣門前に蛹や翅の伸展不良の成蜂がが捨てられるようになるのが第3段階で,この段階ではかなりの働き蜂の蛹が寄生を受けていて,蜂群の壊滅も間近です.
巣箱の底にも捨てきれなかった羽化直前の蛹とダニの死体が大量に見られるようになっては,すでに投薬しても蜂群を救うことはできません.

対策 ダニの防除には,殺ダニ剤であるフルバリネートの製剤「アピスタン」が動物医薬品として認可されているのでこれを用います.プラスチックの短冊状の薬剤を,蜂児巣板3〜4枚あたり1枚の割合で入れます.投与期間は4〜6週間です.採蜜やローヤルゼリーの採乳時期には使用できません.
注意事項 ストリップの再利用や,6週間を超える長期使用は薬剤耐性ダニを発生させる原因となるので避けます.
巣の素材であるろうには蓄積していくので,アピスタンを使用した蜂群から得られた蜂ろうを,食用や化粧品素材として用いることはお勧めできません.


アカリンダニ症

病原 アカリンダニ Acarapis woodi
法的位置づけ 国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
届出家畜伝染病指定(1999)
概要 気管内寄生性の吸血ダニによる感染症です.現在のところ,日本には侵入していないといわれています.成虫の気管に住みついて,増殖します.なお肉眼では確認できません.
症状・診断 ダニそのもの影響は小さく,成虫寿命にある程度短縮の影響が出るといわれている程度です.しかし,ダニが吸血する際にウイルスを媒介する可能性があると考えられ,何らかの病気が蔓延してきた場合に,迷い込みや盗蜂などで病群と健常群の働き蜂の接触が起こると,病気の媒介者となる可能性が指摘されています.
また,ウイルスの影響が強くでるような相互作用も報告されています.
対策 発生地域では,メントール処理などが行われています.
注意事項  


ミツバチトゲダニ症

病原 ミツバチトゲダニ Tropilaelaps clareae
ケーニガーミツバチトゲダニT. koenigerum
法的位置づけ 国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
概要

外部寄生性の吸血ダニによる感染症です.原産地の東南アジアでは,バロアよりも大きな被害をもたらすといわれているこのダニは,すでに韓国には侵入していますので,日本でも侵入に対しては要警戒です.低温に弱く,蜂児がいなければ生存できないので,越冬条件が厳しい地域(女王蜂の産卵が1月程度停止する)では,発生することはないと考えられています.

症状・診断 吸血による羽化不全のほか,吸血孔からの細菌の感染による敗血症およびウイルス感染の媒介者となることから,注意を要するダニです.ミツバチヘギイタダニよりも小型で,巣房内で重感染していることが多いようです.
対策  
注意事項  


ハチノスムクゲケシキスイ (スモール・ハイブ・ビートル)症

病原 ハチノスムクゲケシキスイAethina tumida
法的位置づけ 国際獣疫事務局(OIE)疾病リスト登載
概要 ハチノスムクゲケシキスイは甲虫で,その幼虫がミツバチの巣板を食害します.南アフリカから急速に世界中に広がりを見せており,まだ侵入報告のない日本でも充分な侵入警戒が必要です.
症状・診断  
対策  
注意事項  


麻痺病

病原 麻痺病ウイルス
法的位置づけ  
概要 麻痺病ウイルスによる成蜂の病気で,春によく発生しますが,一過性のことが多いです.ダニとの相互作用で影響が強く出るという報告がされたこともあります.
症状・診断 写真中央の個体のように,胸部背面および腹部の体毛が脱落し,黒く見えるようになります.また,こうした個体が増えてくると,巣門付近で,正常に動けず,体を痙攣させながら歩いているものを見かけるようになることもあります.
巣門に出た蜂はやがて巣門付近で死んでいき,症状が重い場合には,巣門前に数百等の死体が見られることがあります.その場合の死体も,上記のような見かけとなっていて,農薬などの中毒死とははっきりした区別がつきます.
対策 日本では予防薬はありません.
注意事項  

サックブルード病
病原 サックブルードウイルス
法的位置づけ  
概要

ウイルスに感染した蜂児が,前蛹期に袋状になり,東部側に水がたまった状態(右図)になるので,この名前があります.

東南アジアから南アジアにかけては,1980年代を中心に多数のトウヨウミツバチがこのウイルスが原因で死亡(蜂群が壊滅)したとされています(タイサックブルードと呼ばれています).現在でもトウヨウミツバチでは主要な病気ですが,セイヨウミツバチでは重症例は知られていません.

症状・診断 トウヨウミツバチの場合特に重症でなくても,蜂群あたり数百の感染巣房を見ることができます.巣房蓋は働き蜂によって破られ,死蜂児は取り除かれます.しかし,完全な除去には時間がかかり,蜂児の体の一部が巣房に残っているのが見られます(右図,下段中央の巣房など).
対策  
注意事項 一般に,ニホンミツバチは病気に強いと考えられていますが,トウヨウミツバチの事例を考えるならば,セイヨウミツバチとの接触を避け,抵抗性のないウイルスなどの侵入を予防した方がよい.同一の蜂場内で,両種を飼う場合には,このようなリスクもあることを理解していて下さい.

スムシ(ハチノスツヅリガ)
病原 ハチノスツヅリガGalleria mellonella の幼虫
法的位置づけ  
概要

ニホンミツバチではスムシによる食害のために逃去するといわれていますが,実際には,別の原因で先行して弱小化していて,スムシの食害を自力で防ぐことができない状態に陥っているというケースがほとんどです.つまりスムシは第一の原因ではないので,本来の原因を追及する必要があります.
セイヨウミツバチでも弱小群が夏にまだミツバチがいるにもかかわらず食害を受けることがあります(右図).

実際には保存中の巣板への食害が問題となります.

症状・診断 巣板に,絹糸と糞で身を守るためのトンネルを造り,移動しながら巣板を食害します.花粉などが残っている場合,出房直後の巣房がある場合にはよく発生しますが,採蜜後の巣板や,新しい巣礎枠などではあまり発生しません.夏場の高温時に被害が大きくなります.
対策 ビニール袋などで密閉できる状態にした巣板にドライアイスを入れて密閉し,低温と炭酸ガスで,まず巣板に付着している卵〜幼虫を死滅させます.そのまま密閉状態で保管します.冬期間はスムシの発生は気温によって抑えられるので問題ありませんが,夏の間は,保管中に外部から侵入してくることもあるので,2〜3週ごと処理を繰り返して,予防を確実なものにするのがよいでしょう.
注意事項 以前は二硫化炭素のような燻蒸剤を使用できていましたが,現在は使えなくなっています.
 


病気の対策

強群維持

病気に対して,ミツバチ自身も基本的には抵抗性をもっています.蜂児の病気に関しては,異常のある蜂児を捨てることで蔓延を制限しています.しかし,蜂児と成蜂のバランスが崩れると,異常個体の除去は難しくなり,また巣内の環境維持も困難になるため,蜂児の成長が乱れ,弱った蜂児が感染して死亡するようになります.特に低温期や餌の欠乏期に弱小群を作らないこと,ダニの診断を行い,夏の大発生(上記注)を防ぐことが重要です.また,弱小化した蜂群に関しては,原因がある程度はっきりするまでは合同などをしない方が安全です.巣板の共有にも充分気を遣い,健常群への感染経路を絶つ工夫が必要です.
健常群として維持できる強群とは30000匹以上で,巣板10〜12枚以上のものを指します.原則として,巣板1枚に2000匹以上となるような密度が最適です.この密度が低くなること=巣の面積と働き蜂のバランスの悪化となります.ミツバチを「混んだ」状態で飼育することが重要です.巣板が多すぎる場合には調整して下さい.
また飼育環境に関しては,木立に囲まれた湿気の多い場所に蜂場を構えている場合は,空気がよどみやすく,また降雨のあと,蜂場内に水がたまりやすいです.できるだけ乾いた空間に巣箱を設置することを心がけて下さい.趣味養蜂で,天候にかかわらず内検作業が必要になる場合には,雨が吹き込まないように屋根を設け,地面からできるだけ離して巣箱を設置するとよいでしょう.

盗蜂の防止 蜂群間感染は,人為的な巣板の共有以外に,健常群が病弱群に盗蜂としてつくことでも起きてしまいます.内検をできるだけ短時間で行うこと,日中の給餌は避けて夕方行うこと,状態の悪い蜂群は早めに処分するか,合同して弱群のまま維持しないことなど,強群管理と合わせて考えるようにして下さい.
蜂具の隔離 病気の発生があった場合,蜂具を共有すると病原を蔓延させることになります.最大の感染源は巣板であり,これは病群を処分するときに同時に処分した方がよいでしょう.巣箱は下記にしたがって消毒します.その他の,直接生産に関わらない蜂具類は,何らかの消毒剤(材質に合わせたものを選択する)を用いて消毒します.
薬剤の使用 現在,日本で使用可能な動物医薬品は,1)腐蛆病用の「みつばち用アピテン」(ミロサマイシン製剤)と2)バロア病用の「アピスタン」(フルバリネート製剤)の2種類のみです.いずれも用量,用法を守って使用して下さい.ダニ防除に関しては,本来は複数の薬剤,特に効果が高くなくても抵抗性が出にくい,準化学薬剤(ギ酸やシュウ酸など)が利用できるとよいのですがが,使用は難しい現状です.
巣箱の消毒

特に越冬中に,結露などによって巣箱内の環境は悪化しています.春早い時期に巣箱を交換するのがよいでしょう.それに先だって,使用していない巣箱をよく水洗いをして,内部に付着しているろうやプロポリスなどをハイブツールを用いて完全に取り除きます. 水洗後は,よく乾燥させ,バーナー等(現在は園芸用や工作用のガスバーナーが各種販売されています)を用いて内部をまんべんなく火炎消毒します.表面が軽く焦げる程度で,基本的な効果が得られます.巣箱を交換後は,越冬に使用した巣箱についても同様の措置をしておきます.給餌枠や分割板,隔王板なども,同様に水洗と火炎消毒で充分な病気の感染防止となります.
なお, 水洗時に消毒剤などを用いるオプションもありますが,現在は登録されている消毒剤がないので,使用は自己責任となることを理解して下さい.

巣板の更新

最大の感染源は巣板です.定期的な更新を行って,感染のリスクを下げる工夫が必要です.春の腐蛆病予防措置のあとに巣礎枠を入れ,建勢を促し,それまで蜂児巣板だったものを上段に上げて,貯蜜用とします.毎年,春には,巣礎を加えるごとに古いものから貯蜜用に回します(新しい巣板は採蜜時に分離器の遠心力に耐えられないため,巣礎からできたばかりの巣板は採蜜用には使えません).蜂児枠は21日後には完全に蜂児の出房が完了するので,採蜜に向けて計画的に貯蜜部(例えば隔王板で仕切った上段部分)へ移動します..
3年間で50%以上を更新させ,また育児に用いる巣板を2年目の巣板までとすることで,感染リスクは大幅に減少します.

写真出典:アメリカ農務省,玉川大学ミツバチ科学研究センター