インターネットによる遠隔学習の試み

-鹿児島養護学校との実践例から-

 

                          全人教育研究所 多賀譲治

 

はじめに

 ワープロや計算,ゲームにお絵描きに使っていたコンピュータをネットワークに繋げた途端にコミュニケーションの道具となる.この時から見たこともない世界の情報に触れたり,自分の情報を世界に向かって発信することが可能となるのである.

 特に画像や資料などの情報をコンピュータ画面で視覚的に見たり,発信するホームページ(WEBウエッブという)と,世界のどこにいても手紙のやり取りが瞬時に可能な電子メール(一般にメールという)は2つの大きな柱であり,学校や地域,あるいは企業などが抱えているローカルなネットワークを互いに結び付けることにより,ホームページやメールのやり取りが可能となるのである.これを一般にインターネットと呼んでいる.玉川学園では幼稚部から高等部までの学校,家庭,生徒がCHaT Net(チャットネット)というネットワークで結ばれている.

 この便利な道具を教育の世界にどう生かすかは様々な学校や研究機関で研究・実践が繰り広げられているが,今回の実験では,CHaT Netを中核としたインターネットで学習した中学生の研究成果発表を,ほぼ同時にホームページに載せ,日本の各地から参加する人びとと質問や説明のやり取りをするという試みであった.

これまでの経緯

「メールを出すので小野君に書いてあげてください」.山口先生のこの申し出から鹿児島の養護学校の生徒と教育研究所,それに全国の参加者を結びつける「リアルタイムの遠隔学習」実験が始まった.

 山口嘉子先生の勤める鹿児島養護学校の小野公平君から「初めまして,僕は鹿児島養護学校中学部2年の小野公平です.僕は夏休みに自由研究で鎌倉幕府について調べることになり,インターネットで鎌倉幕府に関するホームページを探していたところ,玉川のホームページを見つけました.写真が沢山使われていて,説明もわかりやすく,なによりも教科書に載っていないような詳しいことまで書かれていたのがよかったので自由研究に使わせてもらいました.本当にありがとうございました.」という,メールが私宛に届いたのは昨年(平成10年)の9月である.

 全人教育研究所(平成11年度に教育研究所を改組.改称)では玉川学園の幼稚部から高等部の教育に関わる様々な研究を行っているが,インターネットを利用した学習もその一つとして重要な部分を構成している.研究成果はホームページ上に「教材開発のページ」として掲載されており,その中に「鎌倉時代の学習」がある.小野君はこのページを見て夏休みの学習を行ったとのことであった.

 小野君の学習は,鎌倉時代の武士の生活から当時の基本的な支配の仕組みである御家人体制についてまとめあげた,いわば「鎌倉時代の基礎学習」とも呼ばれるべきものである.そこで,私は冬休みの発展学習として「鹿児島の鎌倉時代」を調べてみようと小野君に働きかけた.鹿児島に住む彼ならではの学習テーマだと考えたからである.ちなみに私のインターネット上の名前は「ゲンボー先生」であり,この働きかけもゲンボー先生からのものということになる.

 ところでゲンボー先生は一人ではない.コンピュータは時間や距離の制約をなくしてしまったコミュニケーションの道具である.専門家をも含む複数の指導体制はこの道具の特長をうまく生かした指導システムだと私達は考えている.現にもう一つの総合学習教材「お米の学習」には,山形県の農家の方や大学の稲の専門家にもゲンボー先生の一員となっていただいている.「鎌倉時代の学習」には7人のゲンボー先生がおり,私もその一人である.

 小野君は早速「冬休み中に黎明館(鹿児島の歴史博物館)へ行って調べてみます」という返事をよこした.それを鹿児島側で受けていたのが山口先生である.先生は今回の学習に関して大変に尽力されていた.ゲンボー先生と山口先生そして小野君の3人で発展学習は進められ,3月4日に「鹿児島の鎌倉時代」のホームページは完成した.小野君のページの最後を見ると,教科書には出てこない,その地域ならではの学習成果がよく出ていた .このような成果が日本各地から集まれば,鎌倉時代の全体的なイメージがより鮮明になるであろう.この学習のねらいもそこにある.
コンピュータを利用すれば,まだ見ぬ者どうしが互いの地域の特殊性や普遍性を学びあうことができるのである.

 それまでの小野君とゲンボー先生との学習形態は言わばany time any placeの学習ということになるが,今回の学習形態であるreal time any placeの学習実験を行うことになったきっかけは,東京でのセミナー出席の折に山口先生が玉川学園を訪問されたことにある.

ちょうど1月から3月上旬にかけて,私達はアーツネットセンターの協力を得て「モバイル遠隔学習」の実験を繰り広げている最中でもあった.モバイルコンピューティングとは携帯電話,あるいはPHSを使って画像や文章といった情報のやりとりを行うことで,電波さえ届けば山の中でも地球の裏側でも場所を選ばずに情報の交換が可能になるのである.現に今年はオーストラリアのワールド・ソーラーカーラリーに出場する玉川の「スーパーゲンボー」の活躍ぶりをモバイルコンピューティングによって,ホームページ上で見ることができるかもしれない.

 モバイル遠隔学習が容易に行なえるようになると,たとえば環境学習などで川の上流・中流・下流などからその様子を同時にレポートで送ったり,教室側からの要望に答えて実験の結果や写真を送ったりすることが可能となる.つまり,フィールドと教室が一体になってしまうわけである.私達の目指す「マルチウエイの遠隔学習」では,前に説明したように複数のゲンボー先生や他校の子供がこれに加わり,今までの「学校」とか「教室」という概念を大きく変えるものである.

 我々のこうした実験をホームページ上で見ていた山口先生の口から出てきた言葉が冒頭の「メールでのやり取り」であった.3月の中旬に小野君の行った学習発の表会を行う予定があり,その中でこれまで一緒に勉強してきたゲンボー先生からのメッセージを披露したいとの先生の思いの表れである.

 山口先生は鹿児島側のインフラ整備状況から「電子メール」が精一杯と判断されてこのようにおっしゃられたわけであるが,我々の受け止め方は少し違っていた.コンピュータとカメラさえあれば「リアルタイムの遠隔学習」は出来るはずである.

 困難なことでも,最も適切で容易な方法を互いに摸索しあい,小野君の発表の様子をリアルタイムでホームページに載せ,日本中からコメントや質問をいただきましょう,という我々の申し出を,先生に受け止めていただいたのである.こうして玉川学園教育研究所(現在 玉川学園全人教育研究所)と鹿児島養護学校相互の協力と連携でこの授業実験が準備されていった.

そして当日

 こうして,私達は3月16日を迎えることとなった.9時には会場の人びとへの挨拶やこれまでの経緯説明が行われているはずである.9時15分にはいよいよ小野君の発表が始まり,画像が送られ始める.質問コーナーには既に福井県大野市の中学生からの様々な質問が入っている.

 送られてきた画像や文章は波里さんの手によって,即座にホームページにアップされていく.質問や激励のメールが日本中から入り,その数は,たった1時間で30を超えた.2分間に1件ということになる.

 小野君の手にあまる質問にはゲンボー先生が答えることになっているが,その質問とは「矢は何メートルくらい飛んだのですか?」「鎧の重さはどのくらいですか」「馬の足の大きさはどのくらいですか?」などの,あまり本には書いてないような事柄である.もちろんそれには複数のゲンボー先生が答えた.

 質問のメールは時々刻々と入ってきた,それに対する答えやヒントが書き込まれていく.なかでも嬉しいのは,農水省中国四国農政局(岡山)からトンボ博士や,野菜博士,雪国博士などのバーチャル先生が質問に対する解答や,ヒントを送ってきてくれたことである.中国四国農政局企画調整室は,農業に関わる資料を集め編纂するという役所であるが,子供達に農業の大切さを学んでもらうために「体験教室」や「ホームページ上での情報提供」など様々な啓蒙活動を積極的に続けているところでもある.当研究所とは総合学習「お米の学習」で互いにリンクをはる仲である.

 また,CHaT Netで鎌倉の学習に参加した4名の玉川学園の中学生からもエールが送られてきた.そのうち前沢君と金平君はわざわざ研究所まで足を運んでコメントを打ち込んでくれたのである.

 こうしてあっという間の1時間半であったが,貴重な実験でもあった.なぜならこれまで各地の養護学校で行われてきたコンピュータの利用は,どうしても特殊教育の範疇に属してしまっていたからである.今回の一番の収穫は?と聞かれたら,私は即座に「コンピュータを利用すれば『いつでも』『どこでも』『だれでも』が同じ土俵の上で学習することが出来ることの証ができたこと.」と答えるであろう.

 もちろん,障害の程度により,出来ることと出来ないことはあるが,その可能性は大きく広がったと私は思っている.

 山口先生は「この学習を行って」と題して,以下のようなメッセージをホームページに書き込んだ.

 インターネットを活用し,生徒の学習への意欲や主体性を伸ばそうと始めた自由研究でしたが,最終的には夢のような「リアルタイム遠隔学習」へと発展しました.玉川学園教育研究所の先生方による温かく的確なご指導や優れたコンピュータ技術がこの学習を支えたのは言うまでもありません.そして,今回参加してくださった全国各地のみなさんからのコメントは,小さな教室でマンツーマンの授業を受けていた小野公平君の学習活動を大きく広げることになりました.本当にありがとうございました.

 私達は今回の授業の成果と課題を次のようにとらえています.

1.生徒はインターネットを活用した資料収集からプレゼンテーションソフトによるまとめの学習活動で,コンピュータに慣れ親しみ,長期にわたった学習にもかかわらず自主的・主体的な取り組みを続けることができました.

2.障害にとらわれず,立場を越えたメールのやりとりを通して,学びあう人間関係を築くことができまし た.

3.複数の指導者から助言を受けながら,学習の焦点化を図りより深い理解へと意欲を持って取り組みました.

4.リアルタイムに対応できる教師のコンピュータを扱う技術力やトラブルに対応するための入念な事前の打ち合わせ.

5.遠く離れた教室内の授業内容をもっとわかりやすく・もっと簡潔に発信できる授業者の指導力の向上.

「これならできそうだ」という生徒と教師の共通の期待感が何よりも原動力となります.生徒も先生も一緒に「これならできそうだ」を「できた」へ実感できるように努力していきたいと思います.

                           鹿児島養護学校 山口嘉子

 

おわりに

 学園長小原芳明先生から「今回はじめてのモバイル授業を行ったのですが,感想はいかがでしたか.こういった形で距離とは関係なく授業ができるような時代になったのですね.いろいろと改善しなければならないところもあるでしょうが,始めの一歩を踏み出すことが大切なのです.」とメッセージをいただいたように,私達は今後も様々な実験を積み重ね,より良い学習のあり方を摸索していきたい.

 ホームページにはその後,アメリカからの書き込みも加わり,文字どおり距離や時間が無関係の学習展開になってきている.

 終わりにあたって学習に参加していただいた多くの人びとに,この場をお借りして感謝申し上げるとともに,学習を終えてからの小野君からのメールとお母さまのメール紹介して,この稿を閉じたいと思う.

ゲンボー先生

 この前の遠隔学習授業では,僕は今まで人前では,パソコンを使ってその場で説明したことがなかったので,僕にできるだろうか,質問には答えられるだろうかと,とても不安でした.でも,僕に分からなかった質問もゲンボー先生がホームページで答えてくれたので,助かりました.僕の友達も,「おもしろい.」といってくれたので,少し自信が持てました.ホームページには,玉川学園や農政局,よその中学校からもメールが送られてきたので,とても驚きました.心に残るとてもいい体験ができました.ありがとうございました.昨日,アメリカからのメールを読みました.また英語で返事を送ろうと思います.

                                   小野公平

 昨日は私も参観しました.うまく話せるだろうか間違わないだろうかとそんなことに気を取られて,私の方が緊張していたのではと思っています.公平も山口先生もおちついたものでした.
夜,家族そろったところでペ−ジを開きゆっくりと,今度は落ち着いて参観し直した次第です.
本当にこのたびはご尽力いただきありがとうございました.親子共々これからもどうぞよろしくお願いいたします.

こっそりお教えします.実は私つい最近までパソコンをさわったこともなく文字を打つのもままならずただいま悪戦苦闘しております.読みにくいところも多々あるかとおもいます.どうぞお許し下さい.

                                   母 直美

                              

鹿児島養護学校との「リアルタイムの遠隔学習」ページは「鎌倉時代の勉強をしよう」

http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu/kyouken/kamakura/

から, 『リアルタイム遠隔学習,鹿児島養護学校とのコラボレーション授業』から入ることができる.※ページはAny time Any placeの学習の場として保存され,現在書き込みも可能となっている.