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生物多様性条約とカルチャー・コレクション

奥田 徹

背景:生物多様性条約とゲノム科学

かつて、1983年の食糧農業機構では、「すべての遺伝資源は万民の所有物であり、自由に接近可能である」とされていた。ところが1993年に発効した生物多様性条約(CBD)では、様変わりし「各国は、自国の天然資源に対し主権的管轄権を有する」と、遺伝資源アクセスへの考え方は、いわば180度転換した。CBDの理念は、1)生物多様性の保全、2)その構成要素の持続可能な利用、3)その利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分の3点からなる。これらの目的を達成するために、CBDは1)遺伝資源の取得、2)技術の取得と移転、3)利益の公正で衡平な配分を規定する原則を定めている。生物多様性条約は主として目に見える動植物を念頭に作られた関係上、微生物に関しては取り扱い上問題点が多い。

一方、21世紀はバイオの世紀とも言われ、最新のテクノロジーを駆使してヒトゲノム計画が産官学で進められている。20003月にアメリカ・クリントン大統領と英国・ブレア首相はヒトゲノム配列とその変異の基礎データは公開すべきであると共同宣言を行い、セレラ社を牽制した。6月には両方の関係者が一堂に会して、ヒトゲノムの90%をカバーするドラフト配列が決定された旨、共同宣言を行った。その後の経過が物語るように、セレラ社のゲノム情報を入手するためには、なんらかの協定に署名する、あるいは、対価を支払うなどの条件が付けられることになった。遺伝資源やその情報の授受には、今後、ますます権利関係がからむことは必須である。ひとつには、ヒトゲノムを医薬産業の面から見ると、1)遺伝子治療、2)病気のターゲットの同定、3)SNPsをもとにした個人別医療、予防と薬効評価などに大きく寄与することが期待されているからでもある。一方、ゲノム配列の解読はヒトだけでなく全生物について急ピッチで進められ、原核生物のバクテリアでは、今では1週間で配列決定が可能だとも言われている。植物や微生物のゲノム解析も、バイオ産業に大きな影響を与えるであろう。すなわち病気のターゲットに関与する遺伝子と類似の配列の同定、代謝産物の生合成に関わる遺伝子の知識の増加と新しい生理活性物質の発見と創製などである。このために、培養できるできないを問わず多様な微生物を集め、遺伝子を保存することの重要性は増す。

微生物株を保存し学問・産業に役立てようというカルチャー・コレクション(CC)の維持・運営には、古くから多くの先人が多大な努力を払ってきた。科学の基本である再現性を見るために文献上の菌株をCCから分譲を受けることは日常茶飯事である。このようなCCの役割はこれまで通り続くであろう。一方、前述の1)CBDによるアクセス規制、2)ゲノム科学の時代と遺伝資源の重要性という潮流にCCも対応をせまられている。

問題点と対応策

ここで問題になるのが、素材の移転(Material transfer)である。生物資源提供国の中にはきわめて厳しい法律を作っているところもあり、生物資源の利用促進を阻害しているようにも見える。この様な状況下で生息域外コレクションとしてのCCCBDの精神に則って微生物株を他国から入手する際には、ある種の素材移転契約(Material transfer agreement: MTA)が取り交わされるであろう。ではその微生物株をCCから利用者に分譲する場合の契約はいかなるものか、契約の履行をいかに確認するのだろうか。類似のことは遺伝子組み替え食品のtraceabilityに見られる。これには物理的封じ込めとも言うべき化学的分析による検出によって遺伝子をトレースするという方法と、制度的封じ込めとも言うべき、生産者から中間加工者、販売者まで書面で証明書を交付する方法がある。一見前者が科学的であり、優れているように思えるが、最近の論議によれば、コスト面と実務上の可能性として後者しかないだろうと言われている。これを遺伝資源としての微生物に置き換えて考えると、分類学的封じ込めとも言うべき、遺伝子レベルで菌株を同定しておく方法と、制度的封じ込めとしての書面で代用する方法がある。ここでも前者の方が勝っているように思える。しかし仮にゲノム全配列を解明したとしても、それと同じ配列の微生物株が他にないとは証明できないし、微生物株の遺伝子の一部が保存中に変異することは容易に考えられるので、画期的な方法が開発されない限り、後者の方法しかあるまい。そこには契約上の信頼関係が含められる。あまりに厳密にすれば、利用者は自国内で入手できる微生物を用いたくなる。サイクロスポリンの生産菌は北欧から発見されたので、原産国はそれを主張すべきとの議論がかつてあったが、生産菌は実際にはどこでも分離できる。過度な主張はマイナスである。簡単な手続きと信頼関係を形成することが、真の意味でCBDの精神に即したこととなる。

今後の期待

我が国は微生物を中心とした中核的な生物遺伝資源機関として生物資源センター(BRC)を建設中である。これは、欧米並の体制を整備することを目指し、バイオテクノロジーの研究開発およびその事業化の基礎となる生物遺伝資源の探索、収集、分離、同定を行い、生物遺伝資源(微生物、DNAクローン、培養ブロスなど)を保存する機能を担うことが目的とされている。このBRCが、資源提供国とよい関係を形成し、簡単な手続きで生物資源を利用できるしくみを作り、国内外の他のCCと協力していくことを期待したい。このことは、我が国主導で本年3月に完成したOECDのバイオテクノロジー作業部会報告書の趣旨にも即しており、ひいては21世紀の我が国のバイオサイエンスを後押しし、他国との友好関係を良好にするものでもある。

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Last update on 2001/07/19
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