談話会報告

第42回 談話会 (2009年1月28日/グローバルCOE 第10回 若手の会談話会)

社会的報酬の処理と意思決定の神経基盤

出馬 圭世 氏(生理学研究所 心理生理学研究部門・大学院生)

本講演では、総合研究大学院大学(生理学研究所)の大学院生、出馬圭世氏に、「自分に対する良い評判」という社会的報酬を獲得したときの脳活動、および社会的報酬を獲得するための意思決定の脳内機構について、ご講演頂いた。

報酬によって学習が進行する脳内メカニズムについては、主に動物実験により、中脳ドーパミン細胞が報酬予測誤差(実際の結果と期待した報酬との間の差分)信号を大脳基底核の線条体に伝え、これが強化信号として用いられるということがかなり明らかになっている。このような研究が主に動物実験によって進められてきたという経緯から、報酬としては生理的欲求を満たす食べ物や飲み物が用いられてきた。しかし、私たち人間は、学校での教育を見れば明らかなように、他人から単に褒められる、あるいはよい評判を得るだけでも、それが十分に報酬として働き、学習も進む。ヒトの脳研究においても、脳機能イメージングの手法が発展し、報酬の研究は進んだ。この分野では金銭報酬を用いた実験により、金銭報酬によってヒトの線条体が賦活することがわかっている。では、社会的報酬の処理は、生理的な報酬や金銭報酬と同じように線条体で処理されるのだろうか、というのが、出馬氏が立てた問いである。そこで、機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)内で、自分への良い評判と金銭報酬を知覚させたところ、線条体の賦活が共通して見られたことが、本講演では報告された。したがって、他者からの良い評判は、報酬としての価値を持ち、脳内において金銭報酬と同じように処理されているということが示された。この結果は、様々な異なる種類の報酬を比較し、意思決定をする際に必要である「脳内の共通の通貨」の存在を強く支持しており、複雑なヒトの社会的行動の神経科学的理解への重要な最初の一歩であると考えられる。

続いて出馬氏は、他人からの評価が、意思決定に及ぼす影響についても報告した。被験者がMRI装置内で、ネット上の寄付を行っているときの脳活動を記録した。人目のある条件で寄付をするときには、寄付をしないときよりもしたときの方が線条体の活動は高く、人目のない条件で寄付をするときには、逆に、寄付をしたときの方がしないときよりも線条体の活動は高かったという。寄付という行為は、人目があると他人からの評価という報酬につながるが、人目がないと所持金が減るという負の側面が比較的強くなる。このように、他人からの評価という社会的報酬と所持金という金銭報酬の意思決定への影響をうまく分離した実験により、両者を比較した上での報酬を線条体が表現し、意思決定に寄与していることを上手く示した実験と言えるだろう。 出馬氏は社会心理学畑から飛び出て認知神経科学に参入したという経歴を持つだけあって、社会心理学的な手法を自由に駆使しつつも、神経科学的な堅い思考法にも長けており、人文社会科学と脳科学とを結びつける新たな学問領域を切り開いていくことが問われているGCOEの若手研究者達にとって非常に有意義な講演だった。

日時 2009年1月28日(水)17:00〜18:30
場所 玉川大学研究管理棟5階508
報告者 松元 健二(玉川大学脳科学研究所・准教授)

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