談話会報告

第52回 談話会 (2009年10月13日/グローバルCOE 第20回 若手の会談話会)

離散ウェーブレット・フレームによる錯視の解析

新井 仁之 氏(東京大学大学院数理科学研究科・教授)

本講演では、基礎数学のバックグラウンドを持って錯視のメカニズムに迫っている新井仁之先生を招き、これまでの経歴から最新の研究成果までお話頂いた。これまで様々な錯視現象が知られており、個々の錯視現象については、そのメカニズムや意義を論じられているが、全体を統一的に説明するような視点はこれまで示されて来なかった。しかし、新井先生は、視覚神経系がウェーブレット変換を用いた画像修復機械である、という視点に立ち、その画像修復機能を考えることにより、錯視現象を説明できることを示した。初期視覚野の神経細胞の応答特性から、初期視覚野がウェーブレット変換を行っているのではないか、という指摘は古くからあったが、その積極的な意義と錯視現象との関係は新井先生によって初めて明らかにされた視点である。錯視現象を統一的に捉える理論的枠組みを提供している。

基礎数学を背景にしているにも関わらず、高度に数学的な説明を用いないで大学院生にもわかりやすく、親しみやすい説明をして頂けた。特に感動した点は、逆変換で再構成が可能なウェーブレット変換を用いているため、錯視画像から錯視効果だけを取り除いた見た目がほとんど変わらない変換画像を作成できることである。これらの変換画像では確かに錯視効果が消えていることが実感できた。このアイディアは脳科学の実験で様々な応用が可能である。従来の脳科学の手法では、例えばある神経活動の原因となる感覚刺激の特性を絞り込んでいくだけだが、この発想を使えば、さらにその神経活動の原因となる特性だけを取り除いた感覚刺激を作成することができ、実際にその神経活動が消えれば、より強い証拠となる。このようなアイディアを大学院生のうちに聞けたことは、その後の研究手法の幅を広げるきっかけとなったことだろう。

一つのテーマで研究を進めている大学院生やポスドク研究員は、自分のテーマに盲目的になりがちであるが、今回のように基礎数学という全く異なった背景をもった先生に、共通の興味となる脳の現象について、わかりやすく新たな視点を示してもらえるのは、視野を広げる大変良い機会になったのではないかと感じた。

日時 2009年10月13日(火)17:00〜18:30
場所 玉川大学研究管理棟5階507室
報告者 酒井 裕(玉川大学脳科学研究所・准教授)

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