談話会報告

第56回 談話会 (2010年3月16日/グローバルCOE 第24回 若手の会談話会)

ヒト消費行動のモデル動物としてのサルの可能性:
ミクロ経済学の標準的な手法を用いたサルリスク依存性の測定

山田 洋 氏(ニューヨーク大学神経科学センター・ポスドク研究員)

本講演では、ニューヨーク大学のポスドク研究員、山田洋氏に、神経経済学の総論を含めて、氏自身が現在進行中のサルを用いた神経経済学的研究についてご講演頂いた。

講演は、まずミクロ経済学の基本概念である「効用」と「リスク」の定義から始まった。前者の効用は主観的な価値のことである。後者の「リスク」については、有名な総説においてすら、結果の分散と定義されることがあるが、この定義はあくまで簡便法であって、起こり得る結果の全体のことであるとのことだった。

ヒトは一般にリスクを回避しようとする傾向があることが、行動経済学によってよくわかっているが、なぜそうなのかについては未だに未解明である。最近、McCoyとPlattが、喉を渇かしたサルでは、Riskを好む傾向があり、そのリスクが帯状皮質後部で表現されていることが、Nature Neuroscience誌に発表された。この結果は、利得においてはリスク回避、損失においてはリスク選好の性質が表れ、効用関数が異なることを主張するプロスペクト理論とよく合致しているという面白い知見とも解釈されるが、山田氏によれば、この研究はリスクの扱いにおいて誤りをおかしているという。少なくとも期待効用をシステマティックにふって、効用関数を描くことのできるだけのデータを集めて議論するのでなければ、リスク=分散という簡便法に依存しており、リスクを扱うには不十分であるとのことである。

山田氏は、McCoyとPlattの限界を突破した研究を進めるべく、サルの喉の渇きを、血液浸透圧に基づいてより厳密に生理学的に計測しながらリスク感受性を調べることのできる実験系を確立し、その行動データを示した。氏の結果によると、効用関数はサルであってもやはり、リスク回避傾向を示していた。今後は、神経細胞活動の記録と解析、そしてさらには、薬剤による血液浸透圧の実験的操作による効果を、行動と神経活動の両側面からアプローチしていくとのことである。

山田氏は、木村實先生の研究室の出身であり、実験操作と解析における厳密さを大事にするという文化を、神経経済学の世界最先端の拠点であるニューヨーク大学のGlimcher研究室に持ち込み、非常に新しい学問分野である神経経済学の基礎固めをするという、歴史的に重要な研究を遂行している。このような、厳密科学を大胆に展開していく氏のチャレンジ精神は、玉川大学のGCOEと軌を一にしており、それを実践している山田氏の研究から学ぶことは多いと思う。氏の研究のさらなる発展と成功を祈ると共に、その得られた成果が重要な論文として公表される日が待ち遠しく思われる、彼の講演であった。

日時 2010年3月16日(火)17:00〜18:30
場所 玉川大学研究管理棟5階507室
報告者 松元 健二(玉川大学脳科学研究所・准教授)

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