談話会報告

第69回 談話会 (2011年7月15日/グローバルCOE 第37回 若手の会談話会)

イカ類巨大脳の形態と発達:
組織化学的アプローチ

小林 しおり 氏(琉球大学大学院理工学研究科)

今回は、琉球大学理学部の小林しおり氏にイカ脳の形態学的知見に関する講演を行って頂いた。講演はイカの“巨大脳”の形態と構造およびその発達に関するものであり、脊椎動物の脳との共通性など、非常に興味深いものであった。以下に講演内容を紹介したい。

イカは軟体動物門頭足綱十腕形目に属する動物である。イカには底生性のものや遊泳性のものなど、様々な生活様式を持つものがあり、その生活様式に応じて、様々な形態をもつ。さらに、イカは優れた外界感知能力(視覚・触覚)や捕食・遊泳のための運動能力、学習記憶能力を持っていることが知られている。これらの優れた能力には、高度な神経系が必要であると推測され、事実、イカの脳の体重に対する割合は、哺乳類・鳥類に次ぐ値を示し、魚類や爬虫類などの脊椎動物よりも高い値を示す。このようなイカの“巨大脳”は、食道に巻きつくような形で存在している。食道の上部に位置する部位を食道上塊といい、さらに垂直葉と基底葉とに分けられる。垂直葉は視覚や触覚、学習、記憶に関係しており、基底葉は高次運動中枢としての働きを持つ。垂直葉と基底葉との間にはループ状の回路が存在している。食道の下部には食道下塊が位置しており、運動の制御を行っている。機能分化した脳葉構造や部位間でのループ回路など、イカの脳は哺乳類の脳と非常に相同な構造がみられる。このようなイカの脳葉は、発生に従い段階的に分化していく。分化のタイミングは、種の生活様式によって異なっている。同じ頭足綱に属するマダコの場合、生活様式が幼年期の浮遊性から、成熟期の底生性に変化するに従い、垂直葉の視覚に関する領野が減少し、触覚に関する領野が増加することが知られている。

このような特徴を持つイカの巨大脳に関して、これまでに形態学的な研究が行われてきているが、その神経回路に用いられている神経伝達物質や修飾物質など、分子生物学的な研究はほとんど行われていない。小林氏はツツイカの一種、アオリイカを用いて、発生に伴った脳葉構造と神経伝達物質(GABA、セロトニン)の機能局在の変化を調べられている。アオリイカは遊泳性の行動様式をもつ種であるため、孵化時から、運動に関する食道下塊の脳全体における割合はあまり変化しない。一方、認知機能に関係する垂直葉の脳全体における割合は、孵化後、増加していく。さらに、生後発達に伴い、垂直葉に存在するGABA作動性ニューロンが増加してくることを示された。小林氏の所属する池田研究室では、アオリイカの社会性行動を示唆するような結果が得られており、このGABA 作動性ニューロンの増加と社会性行動との関連が興味深いところである。

本講演では、イカ巨大脳の驚くべき構造について紹介していただいた。日頃、ヒトを含めた哺乳類の脳に関する研究しか目にしないこともあり、非常に有意義な講演であった。

日時 2011年7月15日(金)
場所 玉川大学研究管理棟507室
報告者 田中 慎吾(玉川大学脳科学研究所)

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