談話会報告

第74回 談話会 (2011年12月1日/グローバルCOE 第42回 若手の会談話会)

乳児の行動と脳の発達

渡辺 はま 氏(東京大学大学院教育学研究科・特任准教授)

NIRSは頭皮、頭蓋を透過する近赤外光を投射し、頭皮上に装着したプローブによってその反射光を検出することによって、脳機能を計測する手法である。ヒトの認知機能の研究で広く使われているfMRIと同様、神経活動によって生じた血流動態反応を計測することにより、活動した脳部位を空間的に特定し、また時間的推移を計測することができる。

装置はMRIに比べ小型可動であり、臨床領域やリハビリテーションなどでの活用、またMRIによる計測が難しい乳幼児の脳機能研究でその有効性が認識され利用が進んでいる。

今回は、乳児の脳活動の計測に挑戦してきた、東京大学大学院教育学研究科、渡辺はまさんに「身体運動と脳活動から見るヒトの初期発達」という演題で講演していただくことになった。すでに9年間にわたって乳児を対象とした研究を続けている渡辺さんの研究はその方法においても多岐にわたるが、時間の制約からNIRSを使った研究に限りお話をしていただいた。

まずは、NIRS計測、特に赤ちゃん研究は、まだ確立されていないゆえに、困難を克服する創意工夫、忍耐が研究を前進させるためには大事な要素であると感じられた。

データを取得するにも、相手が赤ちゃんであるから、続けて課題をやってもらうためには、使う刺激を工夫する必要があるだろうし、途中で泣きだしたり、寝てしまったらそのセッションは無駄になってしまう。取れたデータにも、予想外の出来事から不備が生じることも多いだろうから、必然的に被験者の数も多めに必要になり根気よく協力者を集めなければならない。ほかの計測系による知見もまだまだ少ないようで、データが集まっても解析は手探りで進めなければならないなど、労力、時間を惜しまずに取り組まなければ、容易には前進しないであろう。

渡辺さんは、特に早期の乳児を対象に脳活動の発達的な変化を見ているとのことで、視知覚に関係した脳活動を見た実験では、赤ちゃんの気を引く、動く物体の映像と、反転を繰り返すチェッカーボードパターン映像を交互に見せ、それぞれの映像が呈示されている期間に生じた反応を比較してみることによって、生後3ケ月であっても視覚領域や前頭領域には差が現れるが、一方生後2ケ月児では、部位によって明確な活動の違いはみられないことから、この時期あたりを境に全体的な活性の変化から、ある認知機能に関連した領域限局的な活性に移行していくとのことである。

また、視覚と聴覚のような異種感覚の組み合わせによって脳の活動に違いがあるかみる実験では、ベルのついた物体が音を立てて動く映像と、音だけ消した映像を交互に見せることによって検討していて、音無し映像のときには、その処理に関与しているであろう聴領域の活動が低下するのみならず、視覚領域を含む広範な低下を示していることや、聴覚領域の応答の時間推移では、活性がやや遅れて低下していくことを発見している。 たぶん、この現象は今見ている映像において重要でない処理を担う領域の活動が抑制されていく過程を反映していると思われ、3ケ月児においても柔軟な資源配分のメカニズムが備わっていることを示しているようで興味深かった。

脳の発達は、神経系の発達、それによって可能になる認知機能や処理の調整機能、それらの処理を効率よく支持する代謝の変化などが組み合わさった複雑なものであると思われ、NIRSは、それらをひとつひとつひも解いていく道具として、今後ますます活用されることだろう。

そして、いち早く未開の領域を切り開いた渡辺さんの仕事が、もはやこの分野の古典的な知見となったとき、彼女の努力が報いられるのかもしれない。

日時 2011年12月1日(木)17:30〜19:00
場所 玉川大学研究管理棟5階507室
報告者 小泉 昌司(玉川大学脳科学研究所)

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