談話会報告

第87回 談話会 (2012年12月10日/グローバルCOE 第55回 若手の会談話会)

シナプス可塑性メカニズムの理論的基盤の構築に向けて

浦久保 秀俊 氏(京都大学大学院 情報学研究科システム科学専攻)

本セミナーでは、シナプス可塑性のメカニズム解明に向けた浦久保氏のこれまでの研究についてお話しいただいた。浦久保氏はスパイタイミング依存シナプス可塑性(STDP)がどのように実現されているか、そのメカニズムの解明に主眼を置いた研究を行ってこられた。まず、神経伝達物質を介した神経伝達、やシナプス可塑性としてスパイタイミング依存シナプス可塑性(STDP)などのシナプスに関する基礎的な背景を説明され、その後、STDPのメカニズムに迫る浦久保氏の3つの研究を説明された。

1つ目は活動電位と興奮性シナプス後電位(EPSP)との関係性に関する研究である。従来、両者の相互作用においてタイミング(時間性)が着目されていたが、浦久保氏はさらにニューロンの樹状突起の形態(空間性)に着目した研究を行った。ここでは、NEURONシミュレータを用いて海馬CA1ニューロンの形態を考慮した計算モデルを構築することで、樹状突起上の様々な位置での活動電位とEPSPとの非線形性の計算を可能とした。その計算結果から樹状突起上の細胞体から離れた特定の位置で可塑的変化が生じやすいことを示した。海馬のニューロンは細胞体からの距離に応じて異なる領域から入力を受けるため、空間性に基づき明らかにされたこの研究成果は海馬の情報処理を考える上で大変興味深い。

2つ目がNMDA受容体のアロステリック効果に関する研究である。ここでは、STDPに関わるシグナル伝達をモデル化し、それによってSTDPの再現を試みた。その際、NMDA受容体のアロステリック効果を仮定することでSTDPの長期抑圧の再現が可能になることを示した。また、この仮定の下で様々なSTDPの実験結果を再現することができることも示した。本研究成果は単なる実験結果の再現だけでなく、実験的に明らかにされていないNMDA受容体のアロステリック効果の存在を示唆しており、計算モデルを用いる研究の重要性を示していると考えられる。一方、浦久保氏は実験的に明らかになっていない点を仮定する計算モデルを用いた研究では、そのような結果になるように仮定したのではないかという指摘を常に受けることを述べ、計算モデルを利用した研究の難しさも指摘していた。

3つ目の研究は、CaMKIIとNMDA受容体との相互作用による分子メモリ特性に関する研究である。本研究ではシナプス可塑性のシグナル伝達の部分的再構成実験を通じて、NMDA受容体の存在がCaMKIIのリン酸化・脱リン酸化過程に影響することを示した。

これらの一連の研究成果は、可塑的変化の開始に関わるメカニズムから可塑的変化が持続するメカニズムを明らかにする研究になっていると述べられていた。シナプス可塑性は我々の記憶と密接に関係し、そのメカニズムの解明は我々の記憶メカニズムを明らかにする上で重要であり、今後の研究の進展が期待される。また、本セミナーを通じて計算モデルを利用した研究を行う上での難しさや、ニューロンの形態を考慮する必要性があることを再認識することができ、本セミナーで学んだことを今後の研究に活かしていきたい。

日時 2012年12月10日(水)17:00〜18:30
場所 玉川大学工学部8号館 第2会議室
報告者 佐村 俊和(脳科学研究所・嘱託研究員)

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