談話会報告

第102回 談話会
(2015年4月13日)

Probing the function of distal network connectivity in visual cortex

佐藤 達雄 氏
(UCL Institute of Ophthalmology, University College London)

今年度最初の若手の会では、私が京都の研究室にいたころの先輩であり、University College London(現・Technische Universität München所属)の研究者である佐藤達雄さんをお招きし、この数年行ってこられた研究成果についてお話いただきました。

大脳皮質一次視覚野(V1)の神経機構については、1950年代末のヒューベルとウィーゼルたちの研究を端緒として、主にネコや霊長類を被験体とした実験により、その構造から情報の入出力、神経細胞の応答特性やその仕組みに至るまで、現在までに多くの報告がなされています。V1は脳後方表面に位置するので、実験操作が容易であり、破壊実験や組織染色、細胞内外からの電極記録など、さまざまな手法が常に試される脳領域であり、その情報処理についての理解は、技術の進歩と平行して進んできたようなところがあります。特に近年ではマウスがV1研究のモデルとして確立され、その傾向が著しくなっています。

V1の神経細胞は外側膝状体(LGN)からのフィードフォワード投射を受けることがよく知られていますが、領域内の水平結合を介して、また、高次視覚野からのフィードバック投射などによっても情報入力を受けています。加えて、このような神経ネットワークは複数の細胞が介在し、また興奮性・抑制性のシナプス入力が混在するため、全体としての働きはまだよく分かっていませんでした。そこで佐藤さんたちは、光遺伝学を用いた逆行性刺激法と視覚刺激による感覚入力とを組み合わせ、細胞活動を電極記録することにより、マウスV1内の遠位性情報入力の文脈依存性について調べました。

紙幅の都合もありますので、お話いただいた実験手技やたくさんの検証実験については省略しますが(そこがおもしろいところでもあるのですが)、子宮内電気穿孔法を使い、片半球V1の2/3層錐体細胞だけにチャネルロドプシン2(ChR2)遺伝子を発現させたマウスを作成し、光遺伝学的逆行性刺激によりV1両眼応答性部位(BZ)の投射神経細胞を刺激します。それと同時に視覚刺激(ホワイトノイズ)を提示することにより、逆行性に刺激された細胞から直接興奮性入力を受けるV1単眼性応答部位(MZ)の神経細胞の働きを、その他の影響を排除して測定することができ、因果関係のレベルでBZ-MZ間の神経連絡の機能に迫ることができます。

結果はクリアなものでした。BZの細胞から興奮性の入力を受けているにもかかわらず、視覚刺激を受けていると遠位のMZの神経活動は抑制応答をみせ、視覚刺激のコントラストが高いほど抑制が大きい傾向がありました。そして、このような神経活動の変化は単純な標準化モデルであるDivisive normalizationモデルを用いることによって高精度に予測できるとのこと。つまり、遠位からの情報入力の影響は、感覚刺激の強度依存的に変化するものであり、感覚刺激による効果が小さいときには加算的に、大きいときには割算的に働くというわけです。さらに佐藤さんたちはホールセルパッチクランプも行うことにより、細胞生理学的な見地からも神経細胞の振る舞いを詳らかにすることによって、これらの皮質内ネットワークが、感覚入力に対する応答のダイナミックレンジを拡げる役割を果たしていることを明らかにしました。

あまり明るくない分野のお話ではあったのですが、その綿密な仕事ぶりに驚き、また、様々な検証を通してネットワークの機能が解き明かされてゆくさまに興奮を覚えました。視覚野の神経機構についての理解がまた一歩進められたように思えます。

日  時 2015年4月13日(月)16:30-18:00
場  所 玉川大学 研究・管理棟507会議室
報告者 榎本一紀 (玉川大学脳科学研究所 嘱託研究員)

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