談話会報告

第107回 談話会
(2015年11月2日)

オレキシンを中心とした睡眠覚醒制御にかかわる神経回路の機能解析

櫻井 武 氏
(金沢大学 医薬保健研究域医学系 分子神経科学・統合生理学分野 教授)

今回の談話会では、金沢大学の櫻井武先生にオレキシンの機能解析に関する研究成果についてお話いただきました。

オレキシンは、櫻井先生が留学先の柳沢正史先生の下で発見された、神経ペプチドの一種です。摂食中枢である視床下部外側野のニューロンに発現が局在していたこともあり、発見当初は「摂食行動の制御因子」のひとつとして注目を集めていました。その後、遺伝子組み換えマウスを使った基礎研究や臨床の研究から、オレキシンニューロンの機能不全がナルコレプシー(覚醒からの突然のREM睡眠様の状態への移行(カタプレキシー)やnon-REM睡眠への突入(睡眠発作)を主な症状とする睡眠障害)の原因であることが分かり、オレキシンが「覚醒の維持」に重要な働きをしていることが明らかになってきました。

櫻井先生は、オレキシンの発見以来「摂食行動の制御」や「覚醒の維持」という機能に着目して多くの研究をされてきました。それに加え近年では、オレキシンの機能として「情動」に着目した研究も進められています。

ナルコレプシーの患者では、気分の高揚や喜びなどのポジディブな情動によってカタプレキシーが引き起こされます。また、ナルコレプシーのモデル動物であるオレキシン受容体のノックアウトマウスでも、このような情動性のカタプレキシーが観察されます。そのため、オレキシンが情動の形成や表出に関わっていることが推測できました。

櫻井先生は、オレキシン受容体のひとつであるOX1Rを欠損させたOX1Rノックアウトマウスで恐怖条件付けという情動性学習課題を行い、オレキシンと情動との関係について検証されました。OX1Rノックアウトマウスは、恐怖条件付けを行ったあとに再び条件刺激を提示すると、一切の身動きをとらなくなる恐怖反応(すくみ反応)が健常個体に比べて有意に減少していました。このとき、オレキシンニューロンの投射先のひとつである青斑核のノルアドレナリンニューロンやその投射先である扁桃体のニューロン(いずれも情動学習に重要と示唆されているニューロン)では、神経活動の上昇を示すc-fosやZif 268の発現が著しく減少していました。そこでこのOX1R遺伝子欠損マウスに、青斑核ノルアドレナリンニューロン特異的にOX1R遺伝子をレスキューさせると、条件刺激提示時の恐怖反応は健常個体レベルに増加し、青斑核ノルアドレナリンニューロン、扁桃体ニューロンの神経活動はレスキュー前と比べて有意に上昇しました。このことから、青斑核ノルアドレナリンニューロン、扁桃体という神経経路を介して、オレキシンが情動学習に関与していることが示されました。

他にも櫻井先生には、前述の研究を受けて現在進められている、オレキシンと情動の形成・表出に関する研究の成果について、また、最新の遺伝子工学技術を応用したオレキシンニューロンの詳細な入出力系に関する解析結果についてもご紹介いただきました。これらは論文未発表の研究成果のため、残念ながらここに詳細を記述することができませんが、今後の展開が気になる非常に興味深い内容でした。

以上今回の談話会では、櫻井先生のオレキシンの発見から現在に至るまでの研究についてお話いただきました。そのときそのときの最新技術を使いつつ、同時に堅実なロジックで研究を進めていかれるお話は、駆け出しの研究者である自分のような学生にとっても、とても刺激的で、かつ、勉強になる内容でした。最後に、改めて今回ご講演いただいた櫻井先生に感謝を申し上げさせていただきます。

日  時 2015年11月2日(月)15:30-17:30
場  所 玉川大学 大学研究室棟B104会議室
報告者 吉田 純一(玉川大学大学院脳科学研究科 博士課程2年)

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