田中 綾乃 准教授TANAKA Ayano
Q & A
- 担当授業は?
- 真・善・美の哲学、真・善・美の哲学演習、名著購読、真理をめぐる哲学史、人文学研究入門A・B、人文学総合演習A・B・C・D、キャリアナビゲーション、キャリアセミナー
研究紹介
研究キーワード:カント哲学、美学、芸術学、演劇論
私の専門は、18世紀のドイツの哲学者カントを中心とした西洋近代哲学です。
人間とは何か?
古代ギリシャの伝統から西洋の哲学者たちは、動物のなかで人間だけがロゴス(理性・言葉)を持つ存在として、「人間は理性的動物である」と定義しました。そもそも人間の特性は何であるのか、人間とはいかなる存在なのか、という問いは、古代から現代に至るまで哲学者たちがさまざまに考え続けてきた問いです。
近代哲学の金字塔であるカントは、三批判書と呼ばれる著書の『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』において、真・善・美にまつわる哲学の根本的な問いと対峙しました。それは別の言葉で言えば、「私は何を知りうるのか?」、「私は何をなすべきか?」、「私は何を望むことが許されるのか?」という問いであり、これらの三つの問いは結局のところ「人間とは何か?」という問いに集約されるとカントは述べています。
先人たちが思索を重ねてきた「人間とは何か?」という問いは、現代のデジタル社会を生きる私たちにとっても切実な問いです。それというのも、現在、人間の知能を超えると言われる人工知能(AI)が台頭し、私たちの生活に深く影響を与えるなかで、改めて私たち人間の存在意義や、人間とAI との違いを考えた上での「人間とは何か?」という問いがリアリティを持って立ち現れてくるからです。
先人の哲学者たちの思想を学ぶことは、これらの問いを深めることであり、また、自分とは異なる思想に出逢うことで、多角的なものの見方を養うことができます。
人間だけが美を感じることができる動物
「人間とは何か?」を問い続けたカントは、『判断力批判』のなかで「美は人間にだけ、すなわち動物的ではあるがそれでも理性的な存在者に、しかも単に理性的な存在者ではなく、同時に動物的な存在者にだけ妥当する」(V 210)と述べています。例えば、鳥にとって花は蜜を吸って栄養を摂取するものですが、その花を、あるいは散りゆく花を美しいと感じることができるのは、人間だけなのです。
カントは、私たちがある対象を美しいと判定することを「美的判断」と呼びますが、そのような「美的判断」は「生の感情」に関わるとも述べています。「生(Leben)」とは、まさに生きることそのものです。私たちが何かを美しいと感じる「美的判断」は、人間が生きていく上では欠かせないものであり、同時に私たちの生を豊かにすることに与する判断なのです。
生の促進としての演劇
さて、私は幼少時から舞台芸術(演劇)に魅了されてきました。それゆえ、これまで演劇に関する研究も続けています。カント自身も「演劇があれほど人の心を惹きつけるのはなぜか?」(VII 232)と問い、それに対して「観客が生の促進を覚えるから」だと述べています。
生の舞台(ライブ)というものは、創り手と観客が「いま・ここ」で、すなわち時間と空間を共有することによって初めて成立するものです。このような創り手と観客による一期一会の体験は、私たちの生のエネルギーを活気づけます。なぜなら、舞台芸術に限らず、優れた芸術作品は、私たちの想像力を刺激し、さまざまな形で私たちに揺さぶりをかけるものだからです。
そのようなアートに出逢うと、私たちは自分が新たにされるような生の刷新を感じます。
このような観点から、実際に上演される舞台芸術の調査も踏まえながら、カント美学と芸術の関連について研究を行っています。
ゼミガイド
自分自身で考える力と感受性を養う
- 西洋近代哲学
- カント
- 美学
- 芸術
哲学的思考を身につける
ゼミでは、哲学者の文章をテキストクリティークするにあたり、以下を身につけることを目的としています。
(1)テキストを深く読み込む読解力
(2)物事を論理的に考える思考力
(3)自分の考えを他者に伝えるためのコミュニケーション力
(4)自分自身で考え抜くという哲学的態度
これらを踏まえて、ゼミ生同士のディスカッションを通して、自身の哲学的問いを深めます。
穏和で自由に学問をする場
ディスカッションでは、一人ひとりの個を尊重し、たとえ違う意見でもその意見に耳を傾けます。そうすることによって、自分の考えにも広がりと深みを持たせることができます。また、劇場や美術館へ赴き、芸術作品を鑑賞することで、ゼミ生たちの感受性も育みます。