玉川大学教育博物館 館蔵資料の紹介(デジタルアーカイブ)

教育博物館では、近世・近代の日本教育史関係資料を主体とし、広く芸術資料、民俗資料、考古資料、シュヴァイツァー関係資料、玉川学園史及び創立者小原國芳関係資料などを収蔵しております。3万点以上におよぶ資料の中から、月刊誌「全人」にてご紹介した記事を掲載しています。
全人掲載年

玉川大学教育博物館
〒194-8610
東京都町田市玉川学園6-1-1
Tel:042-739-8656
Fax:042-739-8654
mail:museum@tamagawa.ac.jp

館蔵資料の紹介 1990年

玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1990年 > 『附音挿図英和字彙』初版本

『附音挿図英和字彙』初版本

『附音挿図英和字彙』初版本

附音挿図英和字彙』
柴田昌吉・子安峻共編
横浜・日就社発行
明治6(1873)年
26.3×20.0cm
洋装
(左)革製表紙 (右)本文見開き

写真はわが国で刊行された英和辞書としては、最初の活字印刷で、当時の最大で最高のものです。本書は、柴田昌吉(まさよし)・子安峻(こやすたかし)共編『附音挿図英和字彙(ふおんそうずえいわじい)』の初版本で、明治6(1873)年に横浜の日就社から発行されたものです。B5判、語数 55,000、頁数 1,546、500余りの挿絵入り(英和辞書では最初の試み)で、外装は革製の重厚なものです。まさに「文明開花」の風潮が英学を盛んにした、当時の代表的産物といえます。

本書の底本となったのは、英国人オーグルヴィ(John Ogilvie)の辞書です。オーグルヴィは、アメリカの百科事典的な辞書編纂家ウェブスター(Noah Webster)の系統を継いでおり、したがって、本書は挿絵や内容が豊富です。訳語に関しては、中国で出版された『英華字典』を主に参考にしています。

編著者の柴田(1841~1901)は長崎出身で漢学、蘭学、英語に通じ、後に横浜裁判所、神奈川裁判所の通訳や翻訳官となった人です。一方の子安(1836~98)は大村益次郎に蘭学を、佐久間象山に砲術を学び、後に英学を志し、神奈川裁判所の通訳となった人です。子安は、通訳時代知り合った柴田とともに日就社をつくり、上海から印刷機と欧文活字を、長崎の本木昌造から日本活字を購入して本書を刊行しました。なお、その翌年の明治7年にこの印刷設備で「読売新聞」を創刊しています。

初版である本書は、本文は横組みですが、「Abatement(a‐bát'ment), n, 減少(ヘラシ)、緩和(ユルメ)、寛宥(ナダメ)、簡約(ツヅメ)、減価(ネビキ)」のように、訳語は縦書きを横に倒した形にしています。漢字にはカタカナでふりがなをつけ、漢字を正統な訳語とし、ふりがなは、その意味の滑らかな伝達役としています。明治の英学者は漢語崇拝の伝統を受け継ぎ、漢字語を学用語と考え、極端なまでに漢字を好む気風をもっていました。発音記号は、ウェブスター式で、書名の「付音」は、発音記号の記載を意味しています。

この辞書の第2版(明治15年)では、訳語の縦書きを横書きに改め、現在の英和辞書の体裁のもとをつくりました。また、ふりがなを削除しましたが、これは不評をきたし、第3版(明治20年)では、再び、ふりがなをつけました。本書は増改訂を重ね、明治30年代まで、他の英和辞書への影響は無論、英学界に大きく貢献しました。

「全人」1990年9月号(No.507)より

前の記事を見る  次の記事を見る

玉川大学教育博物館

このページの一番上に戻る