玉川大学教育博物館 館蔵資料の紹介(デジタルアーカイブ)

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館蔵資料の紹介 1991年

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小幡篤次郎著『天変地異』明治初期の科学啓蒙書・小学教科書

小幡篤次郎著『天変地異』明治初期の科学啓蒙書・小学教科書

『天変地異』小幡篤次郎著
明治元(1868)年
木版和綴本
18.0×12.5cm
(左)表紙(右)見返しと巻頭部分

写真は明治元(1868)年に出版の小幡篤次郎著『天変地異』です。本書の出版意図の背景には、明治開国後の日本が欧米科学に負い目を感じていたこと、特に明治政府が急務とした「富国強兵」の遂行のため、欧米の合理主義と科学の力に着目した結果、わが国の理科教育のあり方が盛んに論議されてきたことがあげられます。明治初期には、『西洋事情』や『学問のススメ』などを著した福沢諭吉に代表されるように、民間啓蒙家の手によって欧米の事情紹介や書物の翻訳が盛んに行われ、それらは同時に教科書として使用されていました。いわゆる翻訳教科書時代といわれ、本書はその産物の一つといえましょう。

本書の著者小幡篤次郎は福沢のもと、慶応義塾で共に、啓蒙運動につとめた間柄で、福沢の著した『訓豪窮理図解』(西洋物理書)発刊と同じ年に本書を出しています。

この書は当事の多くの日本人がもっている天変地異に対する迷信を是正し、科学的な解釈ができるよう啓蒙するために西洋の科学書を参考にして書かれたものです。

内容は「雷避(かみなりよけ)の柱の事」「地震の事」「慧星(ほうきぼし)の事」「虹霓(にじ)の事」「9日(ここのつのひ)同時に出たる事」「3月(みつのつき)並び照す事」「流星並に火の玉の事」「陰火の事」について図解し、科学的に解明しています。本書の序文には「孔子は怪力乱神をかたらずと教えられ後世の大人君子も皆怪し気なる事はロにもいわず筆にも留めざるに今この冊子を天変地異と題し人の思議すべからざる事として論ぜざる事件を原書より取集め翻訳して世に公にするは如何にも售(う)り幻をひさくやうおもふ人もあるべきなれども余輩の本心は奇を折り幻を挫き天変は変ならず地異は異ならざるの義を弁解するまでの事…」とあり、一般民衆の身近かな問題を取りあげた意義は大きいといえましょう。教科書としては、文部省の「小学教則」で下等小学第5級(2年後期)の読本読方に示され使われました。

篤次郎はその後も多くの著訳書を著わし、一方で、慶応義塾長、貴族院議員などの要職を歴任、多くの功績を残しています。

篤次郎はもともと福沢によって同じ郷里から優秀な人材として江戸に連れてこられた人物でした。彼は熱心な漢学志向の書生で、福沢の望む江戸での洋学修業を頑なに拒み続けましたが、福沢の熱意と洋学必要論に説得されて江戸に出て来たとのことです。

「全人」1991年7月号(No.517)より

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