ゲスト・スピーカー
安田先生(国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ)

春学期の「総合演習」でもゲストスピー カーとしてお話いただきましたが、秋学期も、安田先生にゲストスピーカーとしてお話していただく機会をいただきました。安田先生は、元玉川学園中 学部&高等部で理科教諭で、現在、東京学芸大学大学院教育学 研究科理科教育専攻修士課程に在籍されながら、科学イベントの企画運営団体Science Air「おしゃべりサイエンス」事務局を主宰されています。Science Air「おしゃべりサイエンス」茶話会とは、女性科学者・女性研究者の育成を目的に、女子高校生や女子大学生を対象に、毎回、女性研究者や女性科 学者を ゲストに 迎えて、研究の話や進路について、楽しくおしゃべりをするイベントです。今回も、総合的な学習で取り 組むような環境や科学がかかわる授業について、特に「科学的に考えるとはどういうことか?」に焦点を当て、具体的な小学生の回答例などをあげながら、また 目の前で具体的な実験を実演してくださいながら、ご講義くださいました。「おしゃべりサイエンス」のツィッ ターも ありますので、興味のある人はアクセスしてみてください。 

以下、当日の内容は、安田先生の資料を添付いたします。


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【「総合的な学習の時間」をより科学的にするために】
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■本講のメニュー

1.「科学的に考える」とはどういうことか
      → 知識習得のみに留まらない、(科学の)学習をめざすために、心がけることは何か
      → 「総合的な学習の時間」において「環境」や「科学」の要素を取り入れる際に留意すべきこと
2.「分かりやすい」の弊害
      → 学術的な内容を、たとえ ば小学生向けの教材にする際、教師はどのように思考・工夫すべきか
      → 「レベルを落としすぎた 学習内容を提示する恐れ」や
   「学習者の後の学究活動に妨げが生じるような誤認を与える恐れ」があることを認識する
3.知っている ≠ 教えることができる
      → 学習者としての理解の仕 方と、教育者としてのそれは異なる
      → 「専門・専攻が理数系で はない」という”心配”を、どうクリアすればよいのか

■提示した教材

【動画資料】
  (1) NHK「ハーバード白熱教室」 → マイケル・サンデル教授(政治哲学)の対話型講義
  (2) スペースシャトルの打ち上げ → あの煙は二酸化炭素か?

【思考実験】
  (1) 「空気よりも軽いから浮く」は本当か → 分子運動
  (2) 「”酔い”の原因は何か」 → 要因を突き止めるための条件設定

【最近の話題から】
  ・2010年ノーベル化学賞:「クロスカップリング反応」の根岸英一氏と鈴木章氏
    → 有機化合物の合成反応のしくみを分かりやすく説明できるか

【スキーマ】
  ・人は、外部からの情報をどのように認識しているのか
  ・分かりやすい「アイコン」 … 文化・歴史の背景に頼る? 周辺情報に引きずられる?

■追加の解説
(1) 「総合的な学習の時間」において「科学」や「環境」の要素を取り入れる際に留意すべきこと
     教師側が……
      → 学習者の学齢にあった学びがあるとはいえ、「興味関心を持つ」「自らの問題として考えられるようになる」様のねらい設定は、(実務上)不十分です。
・学習素材に関する、科学的な根拠を認識しているか
・「目標」および「結論」を”明確”にしているか
・道徳的な要素を意識的に切り分けられるか
・学習者のどのような変容を期待するか、を事前に設定できるか
・学習者の学習過程の自由度をあらかじめ設計できるか

(2) 「科学的」とはどういうことか
 「科学的に考えること」は、「論理的な思考をすること」と、一般に認識されていると思われます。「論
理的」という術語は、「理論的」と混同されがちですが、定義は異なります。論理とは、議論や思考を進め
る道筋のことを指します。ちなみに、理論とは、個々の事象を統一的に説明する、体系的な知識のことをい
います。

 科学に関する知識を持ち合わせていることは重要ですが、それだけで正しく「科学的に考える」ことが
できるとは限りません。考えを進める、その方法が適切かどうかが問われるからです。
 まず、データとして正確な情報を得ているかが重要です。同時に、前提となる条件を明確にしておかねば
なりません。恣意的にデータを用いることで、全く正反対の結論を導くことができてしまうことも知ってお
く必要があるでしょう。

 短絡的に”科学的な”知識を覚えているだけでは、物事を論理的に考えることはできないのです。いわゆる
「思考停止」の状態は科学的ではありません。

(3) 「環境教育=環境問題解決のための活動」とは言い切れない
 仮に、”良い”環境教育を受けたとしても、現在叫ばれている「環境問題」を解決させることはできませ
ん。新たな科学の発見、イノベーション(技術革新)のみでは不十分で、新たな国際的・政治的なフレーム
再構築も必要なはずです。

 学校教育においては、えてして道徳的な”指導”に陥りがちで、学習者が「よく分かった!」と感じること
が、後の専門的な学究(これは自然科学分野に限りません)の妨げになることがあります。この危うさを教
師は常に意識しておく必要があります。すなわち、私たちの社会は”いいとこどり”はできません。「一つの
条件・要件だけを取り上げて検討する」ことは困難なのです。

(4) 「ゆとり教育に関する”批判”」と「総合的な学習の時間の”実施”」との関係を考えてみる
 各教科では、教科の内容や指導法が学習指導要領によって枠づけられている現状があります。そのため、
各教科のカリキュラム編制を大幅に変更するのは困難です。その点、「総合的な学習の時間」は、新しい枠
組みであり、型が明確に示されていない(むしろ学校や担当する教師に任されている)ため、様々な試みが
行えるのです。

 「ゆとり教育」に対しては、学習項目や授業時間数が大幅に削減されたことで、子どもの学力低下を招い
た、という批判もありますが、「総合的な学習の時間における教育活動は有機的に機能したか」という視
座に立つ必要性こそ、強調されるべきなのかもしれません。

■参考
(1) 実験授業における形式(理科の教科指導において)
  →(0. 題目)1. 目的 2. 準備 3. 方法 4. 結果 5. 結論 6. 考察

(2) 実験という活動を「コミュニケーション」という見方で考える (コミュニケーションの特徴・定義 )
     ・意図的であるか意図的でないかは問わない ・不可逆的である
     ・先行性(学習性)がある・シンボル(情報を与える物・行動・言葉)を介する
     ・内容面と関係面 ・デジタル性とアナログ性

■読書案内
  • アイリック・ニュート、猪苗代英徳(訳)『世界のたね 真理を追い求める科学の物語』NHK出版、1999年。
  • 小川正賢『「理科」の再発見─異文化としての西洋科学』農山漁村文化協会、1998年。
  • マイケル・サンデル、小林正弥ほか(訳)『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)(下)』早川書房、2010年。

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安田先生、ありがとうございました。