玉川大学教育博物館 館蔵資料の紹介(デジタルアーカイブ)

教育博物館では、近世・近代の日本教育史関係資料を主体とし、広く芸術資料、民俗資料、考古資料、シュヴァイツァー関係資料、玉川学園史及び創立者小原國芳関係資料などを収蔵しております。3万点以上におよぶ資料の中から、月刊誌「全人」にてご紹介した記事を掲載しています。
全人掲載年

玉川大学教育博物館
〒194-8610
東京都町田市玉川学園6-1-1
Tel:042-739-8656
Fax:042-739-8654
mail:museum@tamagawa.ac.jp

館蔵資料の紹介 1991年

玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1991年 > 『通俗伊蘇普物語』

『通俗伊蘇普物語』

『通俗伊蘇普物語』

『通俗伊蘇普物語』1~6(6冊)
渡部温(明治6年序)
同1巻の口絵
藤沢梅南画
22.5×15.1cm

写真は明治5年から8年にかけて、英訳本から翻訳出版した渡部温(わたなべあつし)の『通俗伊蘇普物語』全6巻6冊です。毎巻約40篇の寓話を収め、総計237話の多くに及んでいます。

本書は英訳本を比較的忠実に訳し、訳文も解り易く漢字に適切なふり仮名をしたり、物語の要点を補足したり、また、毎巻、数葉の挿絵を入れるなど工夫された名著です。挿絵は当時、雄渾な狩野風の筆勢をもって著名な浮世絵師河鍋暁斎(かわなべぎょうさい)や、巧みな筆致で写生画を描く篁邨(こうそん)、大胆な筆勢をもつ藤沢梅南(ばいなん)などが描き、内容の質を高めています。本書は発刊以後、教育現場の重要な資料となりました。

これは、イソップ物語そのものに備わる真実による警醒諷刺(けいせいふうし)の魅力と人々の感興をそそる内容によりますが、わが国での、この物語の急速な普及の端緒となったのは本書でした。明治6年文部省編纂の小学読本に「狼が来た」話が採用されたのをはじめ、「獅々と鼡」の話など国語や修身教科書に、また教師の例話にと、時勢の動向による消長こそあれ、今日までわが国の教育と関わり続けてきました。

因みに、本書以前のものでは、文禄2(1593)年に天草耶蘇(やそ)会コレジオで、読本としてつくられたものが最も有名で、ラテン語から口語文に翻訳し、ローマ字で印刷した『ESOPONO FABLLAS』といい、70篇の寓話を収めています。その後、キリシタン弾圧の余波を受け、欧風物は陰をひそめましたが、この物語だけは『伊曾保(いそほ)物語』して愛好され、慶長・元和年間に度重ね印刷されました。その寓話数は64、また、日本で一部漢学生に愛読された明朝末期の漢訳旧本で22話、更に吉田松陰も長崎から入手して活用したといわれる清朝晩期の漢訳新本で81話でした。これに比べ、本書は寓話数が圧倒的に多く、活用、選択範囲は広いものとなりました。

本書の訳者渡部温は、当時最も進歩的要素を備えた沼津兵学校の英学の教授で、本書と同じ年に、Thomas James 撰『Æsop's Fables』を英語副読本に使用するために、渡部温撰として203話を2冊に収めて『英文伊蘇普物語(イソップスファーブルス)』を官許復刻しています。それを更に和訳したものが本書です。本書の長所は彼の英語教育のみでなく、広く教育に対する熱意の現れといえます。彼は著・訳書も多く、後に東京外国語学校の校長になった人です。

「全人」1991年10月号(No.520)より

前の記事を見る  次の記事を見る

玉川大学教育博物館

このページの一番上に戻る