1時空間学習則(STLR)と従来のHebb型学習則の機能的違い(理論)
我々は、単一層神経回路網に2つの学習則を適用し、ヘブの学習則およびその発展学習則を適用した場合と、我々が提案した時空間学習則を適用した場合について、記憶されたパターンの時空間分離能力を比較しました。シミュレーションの結果(Taukada、Pan、2005)、ヘブの学習則(拡張学則も含む)に比べて時空間学習則のほうが時空間パターン系列を区別する能力が高いことが示されました。へブ学習則には無い学習則の特徴は、シナプス後ニューロンの細胞発火なし連合性の可塑的変化が誘起されることと、入力系列の時間履歴による可塑的変化が性の誘起されることです。シナプス前後の要素が同時に活動したときのみ結合強度が強められるヘブ型学習則は、類似な入力系列パターンを同一出力パターンに引き込む性質(pattern completion)の特徴があります。それに比べ、時空間学習則はそれぞれ独立した入力パターンに依存して異なった出力パターンを作りだすパターン分離機能が優れています。
神経回路における学習には次の二つのルールが重要です。ひとつは、入力細胞間のタイミング依存性の問題です。ヘブの学習則は、入力と出力細胞の2体の関係だけできまっていますが、新しい学習則では多数の入力細胞がどれだけタイミングをあわせて情報を送っているか、あるいは、その空間パターンをシナプス荷重空間に写像することが重要です。そしてもう一点は、時間的な履歴現象があり、順序関係や時間系列の情報をシナプス荷重に写像することです。新しい学習則はこの二つの要素を結合します。この学習則によって、海馬では時空間の文脈をシナプス荷重空間に写像しています。
導出した時空間学習則がどのような能力をもっているか、その機能をヘブの学習則と比較してみました。入力が相互にランダムに結合している120からなる一層のネットワークを構築しました。シナプス荷重の初期値は、小さい値の範囲でランダムにし、ヘブの学習則と時空間学習則を用いて入力の時空間パターンを学習させ、そのパターン分離機能を調べてみました。用いた入力時空間パターン(図2)は、ひとつの空間が120個のビットパターンで構成され、50パーセントを1に、残りの50パーセントを0にセットしておきます。次に、その空間パターンからランダムに1と0を4個選びそのビットをかえた空間パターン(互いに8ビットパターンが異なる)を5個つくります。したがって、そのハミング距離は互いに8違っています。この5個の空間パターンを1つの系列パターン(時空間パターン)とし、その先頭から4個の空間パターンの順序をいれかえると、24個の時空間パターンができます。この24個の時空間パターンを学習させます。学習後入力に対し24個の出力パターンがえられます。その出力が入力の24個の時空間パターンを分離できるかどうかを、ハミング距離を用いて調べてみた結果を図3に示します。
図3では、ハミング距離を横軸にとっているので、出力パターンが類似なパターンであれば0の近傍に、互いに異なったパターンであれば原点より遠方に離れます。ヘブの学習則とヘブの拡張則であるコバリアンス学習則ではその出力は24個の入力時空間パターンパターンに対してほとんど類似な出力になります。すなわち、ヘブの学習則の場合、同一の出力パターンにすべての入力を引き寄せる性質があります。それに対して、時空間学習則は距離空間上に広く分布し分散しています。したがって、パターン分離という観点からは、時空間学習則はパターン分離能力が高く、ヘブの学習則は分離能力が低いことが分かります。
2時空間学則の実験的証拠(実験)
時空間学習則は2つの定義された要素からなります。すなわち(1)シナプス後細胞の発火なしに起きる連合可塑性と(2)その時間相関による加重です。シナプス後細胞発火なしの連合性可塑的変化(以後連合可塑性と略記する)についてはいままで実験的に検証されていません。本研究では、出力スパイクに依存しない(Hebb学習ではない)入力−入力タイミング依存性LTPの性質を調べ、時空間学習則の実体を実験的に明らかにすることを目的としました。
フィールドポテンシャル計測法を用いて、海馬CA1放線層の独立した二つの経路へそれぞれ低頻度(0.2 Hz)のバースト刺激とパルス刺激を同時に与えたときに後シナプス樹状突起に形成されるLTPの大きさについて検証しました。通常の実験条件下(コントロール)ではバースト刺激とパルス刺激が形成するLTPの増強率には有意な差は見られませんでした (図4;155.5 11.5% vs. 149.8±9.6%;N=11;P > 0.05)。パルス刺激はそれ自身ではLTPを生じなかった (図5;103.4±6.0%;N=6) ので、後者のLTPはバースト刺激との連合により形成された異シナプス性のLTPであると考えられます。このようなLTPの連合性は海馬CA1野の錐体細胞が持つ重要な性質の一つです。本研究ではさらに、灌流液中に低濃度(10-20 nM)のTTXを混入し、樹状突起の逆伝播活動電位を消滅させた状態でも、パルス刺激のみを与えた場合と比べて有意な異シナプス性の連合性LTPが形成されることを示しました (図6(白丸);122.1±5.8%;N=9)。
言い換えれば、異シナプス性の連合性LTPは逆伝播活動電位と無関係(独立)に誘起されました。このような連合性LTPの逆伝播活動電位からの独立性は、時空間学習則の妥当性を実験的に証明するものです。