ここではミツバチの自己・非自己の識別ともいえる巣仲間識別について、とくに脳内に想定されるテンプレートの書き換えについて解析するとともに、記憶に基づいて仲間に採餌場所を教えるダンス情報を読み取った相手が、その情報から自分の行動を予見、あるいは計画する行動を明らかにしました。
1自己、非自己の識別認識に関わるテンプレートの書き換え
ミツバチの社会生活の中で記憶・学習が関わる場面は多岐にわたりますが(佐々木、2005)、ガード蜂により行われる巣仲間識別行動はその典型例の一つです(佐々木、2002、2006)。この識別にあたり、自巣の認識物質(脂肪酸を中心とする複数化学物質で、経時的にダイナミックに変化)のスペクトル情報を脳内にテンプレートとして記憶し、侵入者が現れた場合、その体表からの感覚入力情報と照合して自己、非自己の認識としていると仮定し、このテンプレートの書き換えがどのように起こるかを解析しました。たとえば、巣門で門番を行っている蜂をケージに入れて別のコロニーに預けると、預けられた門番は24時間後には預けられたコロニーの蜂に対して攻撃を減少させ、預けられたコロニーの蜂を巣仲間と認識し始めていると考えられました。さらに96時間を超えると今度は元の巣仲間への攻撃が有意に増加しました。これらの実験は、蜂が環境の変化に対応してダイナミックにテンプレートを変化させうることを示すとともに、テンプレートの更新時には、古いテンプレートがしばらく残存することを暗示しています(図3)。古いテンプレートは更新が始まってある時間がたつと消去されるか、新しいテンプレートが強化されることによって消されるのかもしれません。テンプレートは脳内に実在すると考えられますが、アリでは最近、触角の受容器レベルにこの記憶があるとの説明がなされており(Ozaki et al. 2006、佐々木、2006)、それがどこに、どのような形に記憶されているかが今後の問題です。
2ダンスによる情報表現と行動予見性
ミツバチの「ダンス言語」は有名ですが(Frischがノーベル賞、1973、図4)、ここにも記憶・学習が大きく関わっています。この学習という視点から、ダンスにおける情報表現と情報読みとり側の認識度の実体について新たな解析を試みました。注目したのは、仲間のダンスから蜜源までの距離と方向の情報を読み取った蜂が、その場所への探索飛行に出るにあたり蜜胃に燃料蜜を積載して出かける事実です。この蜜の量と提供された距離情報との関係を解析したところ、教えられた距離が長いほど多くの蜜を積みこむことがわかりました。加えて、情報だけをたよりに初めて飛行する場合には、あたかも迷子になった時のリスクに備えて保険をかけているかのように、まっすぐ行けた場合に必要な量の3〜4倍もの蜜を積んでいくことも明らかになりました。さらに、花粉を採集にいく蜂が、ダンス情報を解読した時点で、すでに花粉集めが目的である(花蜜ではない)との認識を持っているらしく、花粉をダンゴ状に練り固めるために必要な蜜を「予め」余分に持っていくことも判明しました(図5)。現在、ダンスに込められたどんな情報によりその認識に至るのかについて、「行動予見性」の視点を含めて解析中です。