ヒトで発達した脳が、多様な情報に基づいて適切な行動を発現する能力を支えています。この能力が、実際の行動を発現するまでに、大量の情報処理を行うことを可能としました。そのため、最初に行動の決定を行い、続いて、実際の行動を発現するという一連の過程が、行動発現の基本的なパターンとなってきました。我々は、「思考」と「アクション」をキーワードとして、行動発現を検討できるモデル課題を使い研究を行いました。ここでは、行動を決定するための情報処理過程を「思考」とよび、決定された行動を発現する過程を「アクション」と定義します。「思考」の過程では、情報処理過程は主体者に内在しており、外部観察者は思考内容を把握することが出来ません。その一方で、「アクション」は主体者が外部世界に働きかける行為であって、外部観察者はそれを捉えることが出来ます。この点において、「思考」と「アクション」は決定的に異なります。
図2-1 サルの前頭葉
前頭前野、運動前野、一次運動野の位置を示す。矢印は双方向性の皮質−皮質間結合があることを示す。左側が脳の前方部。代表的な脳溝である、主溝、弓状溝、中心溝はラベルで示した。
我々は、ヒトをはじめとする霊長類で大きく発達した前頭葉に注目して「思考」と「アクション」の神経基盤を解明することを大きな目標に掲げて、一連の実証的研究を行ってきました。被験体としては、高次脳機能・運動能力がともに発達しているマカクザル(ニホンザル)を用いました。図2-1にサルの前頭葉の位置とそれを構成する領野の模式図を示します。前頭葉は均一の構造体ではなく、皮質内の神経細胞の分布パターンにより、前方から、前頭前野、運動前野、そして、一次運動野という3つの領野が同定されています。前頭葉の最前方部にある前頭前野が傷害されると、様々な情報を総合して適切に判断する能力、即ち「思考」が障害されます。その一方で、運動前野が障害されると、運動麻痺はほとんど無いのにもかかわらず、動作の企画や実行の過程、即ち「アクション」の形成に問題が生じます。更に、一次運動野が障害されると、強い運動麻痺が起こり、「アクション」の実行が難しくなります。これらの知見は、前頭葉が「思考」と「アクション」の各プロセスにおいて必要不可欠であること、更に、前頭葉の各領野がある特定のプロセスに特異的に関与していることを示唆しています。