我々の判断や行動決定は、体調や気分など認知機能以外の要因により大きく影響を受けます。ヒトや動物の意思決定のメカニズムを探るためには、認知機能だけではなく、動機付けや感情など、いままで主観的と考えられてきた脳機能の解明も避けて通れません。90年代から始まった認知課題遂行中の被験体の動機も制御した実験により、ドーパミンニューロンにはじまり、大脳基底核、扁桃体、大脳皮質によって構成される報酬情報の処理のアウトラインは明らかにされつつあります(Schultz, 2000)。しかし、神経回路を構成する脳部位の処理の特徴や、報酬と罰の関係など、多くの問題は残されたままです。我々のグループは急速眼球運動系をモデル系として(特に外側前頭前野−尾状核−上丘経路;Hikosaka, 2000)、以下の点を明らかにするべく、ニホンザルを用いた電気生理実験を行いました。
1報酬情報処理における前頭前野ニューロンと線条体ニューロンの機能比較
課題のルールの情報処理に加え、報酬情報の行動決定に与える影響を調べるため、特定の試行での正反応だけをジュースで強化する非対称報酬法を導入しました(one direction reward (1DR)課題;Kawagoe et al., 1998)。
動機を統制した課題における大脳皮質と大脳基底核の報酬情報処理の違いを明らかにするため、課題遂行中のサルの外側前頭前野と尾状核からニューロン活動の記録を行いました(Kobayashi et al., 2002, 2006b; Lauwereyns et al., 2002)。両部位とも多くのニューロンが、ターゲット刺激呈示前後に応答の変化をみせました。課題関連応答のうち、前頭前野で特徴的だったのはターゲット刺激の位置に選択的に応答するニューロンでした。一方、尾状核では多くのニューロンが、刺激の位置ではなく、報酬に関連する刺激の位置をその呈示に先立って期待するような応答を示しました。つまり、前頭前野には課題の認知的側面を反映するニューロンが多く、尾状核には動機付け的側面を反映するニューロンが多かったのです。さらに、ターゲット刺激の位置と報酬位置の両方の影響を受ける応答を見せるニューロンは、両部位で同様の比率で見られたが、その応答の特徴は大きく異なっていました。
我々の神経系は、短期的な動機に基づく行動計画を作成する系(大脳基底核由来)と長期的な情報の蓄積をもとに行動計画を作成する系(大脳皮質由来)を持っており、これらが上丘などの運動出力に近い場所で統合されて運動命令となります(Ikeda & Hikosaka, 2003)。状況に応じて、2つの並列な系のバランスはかわり、その結果行動がかわります。バランスが前者に偏った場合、より感情的で近視眼的な行動となり、後者に偏った場合はより冷静で遠視眼的な行動となります。このことは損傷患者研究や不活性化実験の結果とも一致しており(Manes et al., 2000; Knoch et al., 2006)、我々ヒトの個性の違いを説明できる可能性があります。
2行動決定に及ぼす正の強化と負の強化の効果と前頭前野ニューロンの活動
ここ十年間の研究の進展により、報酬など正の強化子が使われる場合の脳内の学習メカニズムはわかってきました。それに比べ、罰を避けることが同様に学習を促進するメカニズムについては、ほとんどわかっていません。我々は、その脳内メカニズムを理解するために、遅延反応課題の強化子としてジュース報酬とともに罰を負の強化子として用い、課題遂行中のサルの前頭前野からニューロン活動を記録しました(Kobayashi et al., 2006a)。
課題遂行中のサル外側前頭前野からニューロン活動を記録しました。強化条件で応答が変化するニューロンのほとんどは、報酬条件で応答が変化し、そのようなニューロンの大半は罰条件での応答には変化がありませんでした(ニュートラル条件との応答の差はなかった)。罰条件でだけ応答に変化が見られるニューロンもありましたが少数でした。中には、少数であるが正答率に比例して、報酬条件、罰条件、ニュートラル条件の順に応答の強さが異なるニューロンがありましたが、極めて少数でした。外側前頭前野ニューロンの大半は、たとえ罰条件での正答率がニュートラル条件に比べ有意に高くても、ほとんどがその正答率を反映する応答は見せませんでした。
以上の結果より、報酬も罰も課題遂行の動機付けを上げますが、外側前頭前野において、その脳内メカニズムは異なることが分かりました。また、正答率の違いから分かるように報酬によっても罰によっても動機付けレベル、(課題を遂行するための)注意レベルの亢進が見られましたが、外側前頭前野においては、その亢進を反映するニューロンはほとんど見つからず、多くのニューロンは正の強化を反映する活動を示しました。近年、課題設計において報酬と注意の切り分けを十分にすべきだという提言がなされていますが(Maunsell, 2004)、前述の通り、我々の課題はその切り分けにある程度成功していると思われ、少なくとも外側前頭前野においては注意ではなく、正の強化を表現しているニューロンが多いということが示されました。この結果は行動決定における前頭前野の役割について(Sakagami et al., 2006)、新たな示唆を与えると思われます。
References