20世紀後半から本格的に始まった脳機能研究は、約半世紀の基礎的データの蓄積により、その社会・産業への応用の可能性が現実味を帯びてきました。特に、医療工学への応用の試みは、近年めざましい発展をとげようとしています。病気や事故で感覚や運動機能を失った患者の、本来神経系が担っていた役割を工学的手段により代償しようとする研究がその中心です。このような研究は、一般にBrain Machine Interface (BMI)あるいはBrain Computer Interface (BCI)と呼ばれます。この分野の研究・臨床応用は、人工内耳に代表されるように感覚系の代償が先を走ってきましたが、近年、運動系の研究も盛んになってきました[1]。たとえば、ニコレリスのグループは、サルを使った一連の研究で、運動関連脳領域に埋めた複数電極の出力をコンピュータ入力とし、被験体は実際に運動することなしにディスプレー上のカーソル(図形)を操作することが可能であることを示しました[2]。
出力系を制御するBMIは、現在のところ手足に代わる機能代償の研究が中心ですが、その可能性は大きいといえます。BMIが効果器(筋肉)という制約を離れれば、具体的な空間操作だけではなく、意図や想像なども機械を介して表現したり、実行したりできるはずです。そのためには、特定の意図や想像をコードするニューロンやニューロン群の活動を取り出す必要があります。無麻酔ザルのニューロン活動記録実験では、大脳皮質、特に前頭前野ニューロンが意図や想像に関係していることが示されています[5]。
しかし、そのような表象をニューロンの活動として取り出すことができても、それだけでは意図のBMIは実現できません。このようなことをBMI的な手法で実現するためには、意図や想像をコードするニューロンの活動を被験体が随意的に制御できなければなりません。我々は、意図や想像のBMIを実現するための基礎として、そのような表象に関連した情報をコードしていると考えられている前頭前野ニューロンの活動を単一ニューロン記録法で取り出し、それを視覚的な方法で被験体であるサルにフィードバックすることにより、前頭前野の単一ニューロンの活動をサルが随意的に変化させることができるかどうかを調べる実験を行いました。被験体(2頭のニホンザル)は、頭部を固定された状態でモンキーチェアにすわり、70.5cmはなれた位置におかれた21インチディスプレーに呈示される視覚刺激を見ながら課題を遂行するよう訓練されました。課題では、まず、ディスプレー中心に固視点(視角0.21°)が呈示されます。これを被験体が500ms間固視すると、視角6.8°のフラクタル図形(刺激)が1秒間、その中心が固視点と重なるように呈示されます。その後刺激は消え、この状態は0.7s間続き(遅延期間)、その後消えます。条件が満たされれば、固視点の消失と同時に報酬の水が約0.3ml与えられます。ニューロンの記録実験は、最低30試行からなるブロックを単位として行われました。ブロックには、コントロールブロック(条件)と活動促進ブロック(条件)、活動抑制ブロック(条件)が用意され、実験はこの順に行われました(ブロック間は30sのインターバルが挿入された)。コントロールブロックでは、コンピュータにより発生させたランダムスパイクがフィードバックに使われました。コントロール条件では、コンピュータによって発生されたスパイクのスパイク数が、水平の緑色バーの長さで被験体にフィードバックされます(中心を固視点の位置とし、フラクタル刺激の上に視覚的に呈示)。このバーは、刺激が呈示されている1sの間、スパイク数の累積を表現します。1s以内にスパイク数が基準値に達すれば、バーの色は緑から赤に変わります。基準値は平均スパイク数であり、そのためコントロールブロックでは50%の試行でスパイク数は基準値を超え、50%で下回ります。バーの長さは平均スパイク数で基準化されていたため、スパイク頻度が変わっても基準に達したときのバーの長さは常に一定でした(基準に達したら、バーはそれ以上には伸びない)。刺激呈示期間のスパイク数が基準を超えていれば、試行の終わりに水の報酬が与えられ、超えていなければ与えられません。コントロール条件では、フィードバックに使われるスパイクの発生は、完全にコンピュータ制御であり、したがって、被験体にとって報酬が得られるかどうかは全くランダムでした。活動促進ブロックでは、実際に記録されている単一ニューロンの活動がフィードバックに使われました。コントロールブロックでの刺激呈示中のスパイク数の平均値を報酬がもらえるかどうかの基準値としました。活動促進条件とコントロール条件の違いは、実際のニューロン活動がフィードバックに使われたか、コンピュータが発生したスパイクが使われたかの違いです。活動抑制ブロックでの基準値は、前の活動促進ブロックでの刺激呈示期間中の平均スパイク数に変えられ、前のブロックとは逆に基準値に達しない場合に報酬が与えられました。以上のブロックでは、スパイク数が視覚刺激としてフィードバックされましたが、一部のニューロンに対しては、その後フィードバックを行わない条件で活動促進実験が行われました(open-loop条件)。
2頭の被験体の前頭前野外側部(主溝周辺領域)から記録されたニューロンのうち、フラクタル刺激呈示中の応答が刺激呈示直前の固視点注視中の応答に比べ有意に上昇した73個が後の実験に使われました。このうち、40個(54.8%)のニューロンが、コントロール条件に比べ活動促進条件で有意に活動を上昇させました(被験体A、28/45;被験体B、12/28;P<0.05, two-tailed t-test;図4-1)。課題遂行中の眼球運動、licking、手足の運動は常にモニターされており、ニューロン活動の変化とは関連しないことが確認されました。
図4-1 cue呈示後のコントロールブロックと活動促進ブロックの神経活動。 (A) コントロールブロックに対する73個の前頭前野ニューロンの活動促進ブロックにおける活動。40個のニューロンがより活動促進ブロックにおいてより高い活動を示し(赤)、7個のニューロンがより低い活動を示した(青)。26個は、活動が有意には変化しなかった(黒)。エラーバーは標準誤差を示している。(B) cue呈示後の活動促進ブロックにおいて有意に高い活動を示した40個のニューロンにおける(赤)とコントロールブロック(青)における平均発火頻度
さらに、前頭前野ニューロンの活動変化の柔軟性を調べるために、活動促進条件でニューロン活動の変化がテストされた73個のニューロンのうち、45個のニューロンについて活動抑制条件でのテストも行われました。45個のニューロンのうち23個は活動促進条件に比べ有意に応答が減少しました(図4-2)。
図4-2 活動促進ブロックと活動抑制ブロックにおける神経活動の変化。
(A) 73個の前頭前野ニューロにおいて、コントロール条件下の活動促進ブロックと活動抑制ブロックにおける平均発火頻度の変化に対して、フィードバック条件のそれと比較したもの
(B) cue呈示後の活動促進ブロックと活動抑制ブロックの標準化された神経活動の試行毎の変化。エラーバーは標準誤差を示している。
以上述べてきた実験では、ニューロン活動は視覚的なバー刺激として常にフィードバックされていましたが、このようなニューロン活動の随意的制御にフィードバックが必要かどうか調べるために、18個のニューロンについてフィードバック刺激なしでコントロールと活動促進ブロックにおける応答の比較を行いました。コントロールに比べ活動促進条件で有意に活動の変化を示したニューロンは4個しかなく、全体としてはフィードバックなしではニューロン活動の制御は難しいことがわかりました。
視覚刺激により誘発されたニューロン活動をニホンザルが随意的に制御できるかどうか、単一ニューロン活動を記録することによって調べました。視覚刺激によるニューロン活動はそのスパイク数をバーの長さという形で視覚的にフィードバックされましたが、それによりサルは約半数の前頭前野ニューロンの活動を随意的に制御することができました。多くのニューロンは報酬を得るために活動を上昇させるだけでなく、報酬を得るために活動を減少させることも可能でした。このようなニューロン活動の変化は、眼球運動、lickingあるいは四肢の運動を媒介しているものではないことも同時に確認されました。さらに、視覚的フィードバックがない条件でも同様の実験が行われましたが、被験体はフィードバックなしには前頭前野ニューロンの活動を制御することはできませんでした。今回の研究の結果は、意図や想像をコードするニューロンを取り出し、それを使って筋運動などの効果器の制約を受けないBMIを実現する基礎を示すものと考えることができます。今後、より具体的に意図や想像の内容を取り出し、その制御可能性を示す研究を進めることにより、脳科学の新たな工学的応用の発展への道が開かれることが期待されます。