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研究紹介

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野村 亞住講師

研究キーワード
俳諧、季語、連句、芭蕉、季吟

研究対象は、俳諧における「季」

「俳諧」とひとくくりにいっても、五七五で完結する「発句(ほっく)」と五七五/七七七/五七五/七七…と句を連ねていく「連句(れんく)」と大きく二つの形式があります。短詩形文学である俳諧は、その短さゆえにどの言葉を詠み込むかが重要になります。短い言葉で広い世界を表現するために背景を持った言葉が選び取られてきました。季語はその最たるものと考えます。日本で育まれてきた季節感が、文学作品の中で習熟され、和歌・連歌・俳諧と歌や句の中に詠み込まれることで、共通のイメージと詠まれ方を獲得してきました。私はこれまで、こうした「季語」が、俳諧の連句という形式の中で、どのように扱われているのか、そこに発句との違いはあるのか、ということに興味を持ち、松尾芭蕉を中心として蕉風俳諧の「季の詞」の研究を進めてきました。現在は、蕉風俳諧の「季」の扱いが何に由来するのか、という観点で研究対象を広げて、芭蕉の師と目され、幕府の歌学方でもあった北村季吟の俳諧における「季」の研究を中心に行っています。

「ことば」は“生き物”

現代俳句と江戸時代の俳諧(古典俳句)には、大きな隔たりがあります。詠句手法や「ことば」に対する意識の違い、季語の季節(12ヶ月表記)が変化すること、そもそもの季節区分の違い、こうした前提知識をもとに解釈することがとても重要だと考えます。私の研究対象とする俳諧の季語は、現代にも通じるもので、花鳥風月をめでたり、節句や年中行事を執り行ったりする中で、当時の人と同じように感じとる感覚を、現代に生きる私たちもまた自然と身につけていることに気づける素材の一つです。

韻文の中に詠み込まれた「ことば」は、繰り返し利用されると共通のイメージ=「本意(ほんい)」を構築していきます。そのイメージは、時代の流れの中で、拡充したり変容したり変化したりしながら、現代に受け継がれています。変わらない「ことば」のイメージは伝統に根付くものであり、変化した「ことば」のイメージはそのまま日本の文学や文化の歴史と直結するわけです。応仁の乱以後、宮中行事としての「夏越しの祓え」断絶中も「ことば」だけが歌句の中にはそのまま生き続けていたり、鷹狩りのために飼育され冬を本季に持つ「鷹」は、その生態にひもづいて四季それぞれの季語が存在したりします。また、同じ季語でも、近世初期と芭蕉の頃、蕪村の頃、一茶の頃とでは、季節が変わっていたり、細分化されたり、芭蕉によって試みられたものが、およそ半世紀後の蕪村の活躍する頃になって定着したりするなど、文化や歴史・生活と言葉や文学は切り離せない関係にあります。句中に詠み込まれた「ことば」は、さまざまな要素を抱え込みつつ、少しずつ変容していくのです。

研究手法と今後の展望

季語のように背景を持った「ことば」が、句中においてどのように利用される傾向があるのか、時代的な変容はないか、個人的嗜好や連衆の嗜好はどうか、などをデータベース化し、季寄せ・歳時記類の記述や歌学書・俳論書などの著作物の内容と実際の運用実態の調査結果を類型表現から探究して式目(ルール)との兼ね合いから導き出していく、これが私の研究手法です。季題・季語研究は、いわば「発句」のための研究であり、どの言葉がどの書物にどの季節の言葉として載録されたかという「歳時記」研究としての側面が強くありました。それを、当時の俳諧の主流ともいうべき連句での運用実態を加えて見直すことで、従来の説の検証が可能となり、結果的に、発句・連句双方の季語体系を明らかにし、季語が形式に合わせて使い分けられる実態や、季語への挑戦がどのようになされていくのかの一端を明らかにすることにつながっています。今後、近世前期における「ことば」が「俳諧」の中で、実作・著作物を介してどのように変容していくのか、その実態とメカニズムの解明をも試みていきたいと考えています。

近世文学の魅力

近世期の文学は、庶民層をもとりこんで、口語も多く現代語に近く鑑賞しやすい、それでいて様々な古典と結びついていて奥深い、そんな魅力を持っています。出版文化が花開き、ルビや送り仮名、注記からは、現代語への過渡期としての誤用や混同、文法の破綻箇所が見られることから、ことばの変化や変容の過程をも見ることができます。残念なことに、中学・高校ではあまり時間を割いては学習されませんが、現存する資料も多く、実際に手に取ることもできますし、作品内にはパロディーや本歌本説取りによる古典受容も多いことから、古典を身近に感じられる時代です。私たちが花見に興じるように、江戸の人たちも花を見て飲んで騒いで、私たちが夏の暑さを疎むように、江戸の人たちも酷暑を嫌がります。俳諧の鑑賞を通して季節を味わうことで、400年も前の人たちと感覚を共有することができるのです。

短詩系文学である俳諧は、そこに詠み込まれた「ことば」がなにより重要です。句中の「ことば」が当時どのように使われ、認識され、どんな文学的背景を持つのか、それが散文や和歌・連歌とはどう違うのかなど、俳諧研究は「ことば」の探求からはじまります。短いことばのなかにも、当時の世俗・風土までもが詠み込まれている、そんな俳諧の魅力と俳諧を通じて江戸時代に生きた人々のこころとを、次世代に伝えていきたいと思っています。

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